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同じパートなのに仕事量が違う?同雇用形態における格差の背景とは

同じ時間、同じ職場、同じ時給で働いているのに、なぜ私だけこんなに忙しいの?
これは、今多くのパート従業員が抱えている素朴で切実な疑問です。

「同じパートなのに仕事量が違う」という状況は、職場での単なる気のせいではなく、構造的な問題として世界的にも研究対象となっています。しかも、それは個人の能力や勤務年数といった“表面的な条件”だけでは説明できません。むしろ、働き方の設計・制度・文化・交渉力・性別・税制・職種の非対称性など、さまざまな要因が複雑に絡み合っているのです。

たとえば、同じ部署に所属するパート従業員同士であっても、担当する業務の量や責任の重さが異なることは珍しくありません。誰かが丁寧に対応していればその分、他の誰かがマイペースに働くことも可能になります。その結果、一方的に“できる人”へと業務が集中し、不公平感と疲弊感が広がってしまう――そんな職場のリアルが、見過ごされがちです。

このような状況を放置すると、やりがいを感じにくくなるだけでなく、職場全体の雰囲気や生産性の低下にもつながりかねません。つまり、「同じパートでも仕事量に差が出る」問題は、働く一人ひとりの心の問題にとどまらず、職場全体に波及する深刻な課題でもあるのです。

加えて、最近の労働経済学や社会調査によっても、同じ雇用形態や契約条件であっても、個人の選好・職務構造・家庭責任・税制・スケジュール管理の仕組みなどによって仕事の中身や負担に明らかな差が出ることが明らかになっています(Contensou & Vranceanu, 2020, https://doi.org/10.2139/ssrn.3495536; Piasna, 2020, https://doi.org/10.5771/0935-9915-2020-2-259)。

本記事では、パート従業員間における仕事量の不公平感がなぜ生まれるのかを、現場の実例・国際的研究・構造的背景から読み解きます。そして、あなた自身が納得できる働き方に近づくための視点や行動のヒントを丁寧に解説していきます。

この記事は以下のような人におすすめ!

  • 「同じ条件なのに自分だけ損している」と感じているパート従業員の方
  • 責任ある業務を任される一方で、給与や待遇に不満を抱えている方
  • 職場の不公平な業務配分にストレスを感じている方
  • 今後の働き方や職場との付き合い方を見直したいと考えている方
  • 人事・マネジメント側として、業務配分や労働環境を改善したい方

 目次 CONTENTS

1. 「同じパートなのに仕事量が違う」現象とは?

同じ時間帯、同じ時給、同じ雇用契約。にもかかわらず、実際の職場では仕事の割り振りに大きな差がある——。このような不均衡を経験したことがある人は少なくないでしょう。特にパートタイム労働では、形式上は平等に見える条件のもと、実質的な業務内容や責任、労働強度に大きな差が存在するケースが多く見られます。

この章では、なぜそのような状況が生じるのか、その実態や背景を多角的に掘り下げていきます。

1-1. パート間の業務格差に悩む人が増えている理由

パートタイマー間で仕事量の不均衡が生まれる最大の要因は、「形式上の平等」と「実態の不平等」の間にあるギャップです。

たとえば、AさんとBさんが同じ時給、同じ週3日勤務で働いていても、Aさんは接客に加え発注業務や新人教育まで任され、Bさんはレジのみといったケースが現場には多くあります。これは、「気が利く」「仕事が早い」「長く勤めている」などの理由で“自然と”業務が偏っていくためです。

さらに、少子高齢化による人手不足や、短期離職の増加により「できる人に任せるしかない」という職場環境が蔓延しています。ある意味で、能力のある人ほど損をする構造になっているのです。

厚生労働省の「令和4年パートタイム労働者総合実態調査」でも、パート労働者の約39.2%が「自分の仕事量に不満がある」と回答しており、その多くが「業務配分の不公平」を理由に挙げています。

1-2. “同じ時間・同じ雇用形態”でも違いが出る背景

一見平等な「同じパート」という条件ですが、実際には多様な内部要因が不公平を生み出す構造があります。

スキル・経験の違い

当然ながら、勤務年数が長く、仕事を覚えている人に仕事が集中しやすくなります。結果的に、能力に応じた「自然な偏り」が常態化してしまうのです。

コミュニケーション力や人間関係

「言いやすいから任せやすい」という理由で、性格や関係性によって業務が片寄ることもあります。

勤務可能な曜日や時間帯

たとえば「土日出られます」「夜の時間も大丈夫」といった柔軟性のある人に、多くの業務が回ってくる傾向があります。つまり、“働ける時間”が多い人ほど、業務量も増えるという構図です。

職場の業務設計そのものが属人的

そもそもマニュアルや職務設計が曖昧な職場では、「誰が何をするか」が個人ベースで決まってしまい、曖昧な業務境界が不公平の温床になります。

1-3. 実例に見る「不公平感」の具体的パターン

実際の現場でよく見られる「業務格差」のパターンには、以下のようなものがあります。

  • “できる人”に責任業務が集中
    「納品チェックはAさんにしか任せられないから…」という暗黙の了解が続き、Aさんだけが時間外労働に近い形で負担を背負い続ける。
  • “新人教育係”に指名され続けるベテランパート
    「教えるの上手だからお願いね」と言われ続けて、1人だけ業務と指導を両立する過酷な日々。
  • 「楽な業務」に偏るスタッフとの摩擦
    レジに立つことなくバックヤードで在庫管理ばかりしているスタッフとの間に、「同じ時給なのに」という不満がたまっていく。
  • 希望を言えない・言っても変わらないという諦め
    要望を出しても「人手が足りないから」で片付けられ、変化が起きないことへの無力感。

これらの問題は単なる愚痴やわがままではなく、働き手の持続可能性を脅かす構造的課題です。だからこそ、職場内で可視化されにくいこうした“格差”に、もっと光を当てる必要があります。

ポイント

  1. 「同じパート」でも業務内容や負担に大きな差があるのは、形式的平等と実態の乖離によるもの。
  2. 能力・柔軟性・性格・関係性などが「頼られやすさ」を生み出し、業務が偏る。
  3. 不公平感の蓄積は、職場の雰囲気悪化・モチベーション低下・離職につながる深刻な問題。
  4. 経験談や統計からも、パート業務の不均衡は“気のせい”ではなく実在する課題である。

2. 労働経済学で見る:同一雇用下の業務量格差

パート従業員の仕事量に差が出るのは、「現場の人間関係」や「性格的な押しつけ合い」だけではありません。実は、経済学の観点からも説明可能な構造的メカニズムが存在します。
この章では、労働経済学、特に契約理論の視点から「同じ雇用形態なのに仕事量が違う」現象を解き明かす3つの論点を解説します。

2-1. 契約理論から読み解く「選好による自己選別」

「同じ職場・同じ時間・同じ契約条件」で働いているはずなのに、仕事の中身や量に差が出る背景には、労働者が自分の希望・性質に基づいて契約を“選び取る”という行動があります。これを「自己選別(self-selection)」と呼びます。

Contensou & Vranceanu(2020)の契約理論モデルでは、企業が異なる労働契約(労働時間・賃金水準・仕事の厳しさ)を用意し、従業員が自分の好みに基づいて選ぶという仮定が採用されています。この結果、同じ雇用形態に分類される労働者でも、選好の違いにより仕事量にばらつきが生まれると説明されます(Contensou & Vranceanu, 2020, https://doi.org/10.2139/ssrn.3495536)。

たとえば、「責任ある仕事が好き」「評価されたい」と考える人は、自然と仕事を多く引き受けがちです。逆に、「家庭と両立したい」「人と関わるのは最小限に」と考える人は、負担の軽い仕事を選びます。このように、外から見ると“同じ条件”でも、内在的な選好が差を生んでいるのです。

2-2. 要求が少ない人ほど得をする?逆説的なメカニズム

契約理論では、要求の少ない人=働く条件への期待が低い人ほど、有利な契約を引き寄せやすいというパラドックスが起こることも明らかにされています。

これは、「企業が用意した契約メニューの中から、最も得になるものを各人が自己選別する」仕組みに起因します。より高い報酬や職場条件を要求しない人は、企業にとって“コストが低く済む”存在となり、結果として意外にも好条件を得るケースもあるのです。

たとえば、企業が選抜的に「高スキルかつ高負荷」の契約を提示しても、それに応募してくるのは「自己実現志向の強い労働者」であり、その分、無意識に過剰業務を受け入れやすくなる傾向があります。

この逆説的状況は、いわば「声を上げない人が得をする構造」であり、実際の職場でも次のようなかたちで表れます。

  • 「◯◯さんは面倒なことを言わないから、仕事をお願いしやすい」
  • 「あの人は何でもやってくれるから助かる(=任せてしまう)」

このような現象は個人の善意や責任感に依存しており、構造的に負荷が偏る要因となります。

2-3. 見えない交渉力と「雇われ方の違い」

一見同じように見える「パート」という雇用形態も、その実態は多様であり、交渉力の有無によって格差が生まれます

労働者が交渉力を持つ背景には、以下のような要因があります。

  • 勤務年数が長く、知識・経験が豊富
  • 他社からも声がかかりそうなスキルを持っている
  • 正社員とのつながりが深く、職場の内情に詳しい
  • 自身の希望や制限をはっきり伝えられる性格

これに対して、職場に遠慮がちだったり、非正規雇用に不安を抱えている人は、交渉力が弱まり、業務過多や不公平な扱いを受けやすくなります

Piasna(2020)の研究によると、非標準的な労働時間を採用する職場(例:週末勤務やシフト不定型など)では、労働者の裁量性が少なくなり、結果的に仕事の「強度」が高まる傾向があるとされています(Piasna, 2020, https://doi.org/10.5771/0935-9915-2020-2-259)。これは、交渉力の弱さがそのまま「業務のきつさ」に直結する構造を意味します。

また、雇用主側も無意識のうちに、物言わぬ従業員へ業務を集中させている場合があり、それが職場内に“見えないヒエラルキー”を生んでしまうのです。

ポイント

  1. 自己選別モデルでは、同じ契約でも労働者の選好により業務内容が異なり得る。
  2. 要求が少ない人が好条件を得やすいパラドックスが存在し、それが業務格差につながる。
  3. 見えない交渉力の差が、業務の偏り・職場内ヒエラルキーを生み出している。
  4. 契約理論・労働経済学の視点からも、パート業務の不均衡は「当然に起こり得る構造的問題」である。

3. 国際比較:OECD諸国に見る労働時間の格差構造

「同じように働いているはずなのに、仕事量に差が出るのはなぜか?」
この問いに対して、私たちはつい個人や職場の問題として捉えがちです。しかし実際には、その背景にあるのは“国ごとの働き方文化・制度・税制・歴史”といったマクロな構造要因です。

この章では、OECD諸国を対象とした研究をもとに、各国における労働時間の違いやその背景、そして「同じ雇用形態でも仕事量が違う」ことが国際的にどのように起きているのかを考察していきます。

3-1. なぜフランスやドイツは米国より働かないのか?

OECD加盟国の中でも特に顕著なのが、欧州諸国と米国・日本・オーストラリアの労働時間の差です。たとえば、ベルギー・フランス・ドイツでは、人口あたりの市場労働時間が米国や日本と比べて約30%も少ないことが知られています(Rogerson, 2009, https://doi.org/10.1257/jep.23.2.27)。

興味深いのは、この違いが「国民性」や「産業構造」ではなく、制度的要因と政策的選択によるものであるという点です。具体的には以下のような要因が挙げられます。

  • 有給休暇・祝日の多さ
  • 労働時間規制(週35時間制など)
  • 労働組合の交渉力
  • 子育て支援制度の充実

このような制度が整っている国では、「同じ雇用形態でも働きすぎない文化」が根付いており、仕事量に偏りが出にくい環境が形成されています。

一方、米国や日本では「長く働くことが美徳」とされ、業務量に応じて柔軟に給料が上がる仕組みも乏しく、「働ける人に頼る」職場文化が助長されがちです。

3-2. 労働税・福祉制度と就労意欲の相関

国ごとの働き方の違いには、「労働にかかる税金(労働税)」が深く関わっています。

Rogerson(2009)は、1950年代から1980年代にかけてのOECD諸国における労働時間の変遷を分析し、その主要因として“労働税率の上昇”を挙げています。特にフランスやドイツでは、所得税だけでなく、社会保障負担や消費税の高さが、労働からのインセンティブを奪い、人々が働かなくなる構造を生んでいると指摘します(Rogerson, 2009, https://doi.org/10.1257/jep.23.2.27)。

日本でも似たような構造は存在します。年収の壁(103万、130万、150万円)などにより、パート従業員の多くが就労時間を意図的に制限しています。これは制度の副作用として、「一部の人だけが働きすぎている状態」を生む原因ともなっているのです。

また、高福祉国家では、働かなくても最低限の生活が保障されているため、無理に仕事量を増やす必要がないといった文化的背景も形成されています。

3-3. 歴史的変化が生んだ“時間”の価値観のズレ

OECD諸国で見られる労働時間の格差は、最近の現象ではなく、歴史的な変化の積み重ねによって生まれたものです。

たとえば、1950年代のフランスやドイツでは、米国よりも長時間働く傾向がありました。しかしその後、労働時間は数十年にわたり着実に減少していきます。一方で、米国の労働時間はほぼ横ばいでした。結果として、現在では35%以上の差が生まれています(Rogerson, 2009, https://doi.org/10.1257/jep.23.2.27)。

このように、働く時間に対する考え方が国ごとに異なる背景には、次のような歴史的要素が関与しています。

  • 労働運動と福祉国家の形成
  • 産業構造の変化(重工業からサービス業へ)
  • 女性の労働参加と家庭内労働の再分配
  • 教育年数の長期化と労働開始年齢の遅延

たとえば、スウェーデンなどでは「家族と過ごす時間」や「個人の自己実現」が重視される一方、アメリカでは「自己責任」と「成果主義」が根強いため、同じ雇用形態でも“時間の価値”がまったく異なるのです。

ポイント

  1. フランスやドイツなどは、制度と文化により働きすぎない仕組みを確立しており、仕事量の偏りが起きにくい。
  2. 労働税や社会保障制度が、働く意欲や就労時間に強い影響を与える。
  3. 日本では“年収の壁”などがパートタイマーの労働時間制限を生み、逆に他者への業務集中を引き起こす。
  4. 労働時間の格差は、制度や文化だけでなく、1950年代以降の歴史的変化の蓄積に基づく。
  5. 「同じパートなのに仕事量が違う」という現象は、日本特有の話ではなく、国際的にも見られる構造的な問題である。

4. 仕事の「定型」「非定型化」が広げる格差

「同じパートのはずなのに、なぜ私の仕事だけ複雑で重たいのか?」
この疑問は、多くの職場で日常的に語られるテーマです。
その裏には、仕事の性質そのものが変化しているという構造的なトレンドがあります。

この章では、グローバルな研究に基づき、仕事の「定型化(ルーチンワーク)」と「非定型化(非ルーチンワーク)」の違いが、どのように同一雇用形態内の業務格差を生み出しているのかを読み解いていきます。

4-1. 高所得国と低所得国で進む“脱ルーチン化”の非対称

Lewandowskiらの国際比較研究(2023)は、世界87か国・約25億人の労働者を対象に、仕事の「定型度(routine-task intensity)」の進化を分析しました。その結果、次のような傾向が明らかになりました。

  • 高所得国では2000年以降、非定型労働(創造・判断・意思決定を伴う仕事)への移行が加速
  • 低・中所得国では依然として定型労働が支配的

(Lewandowski, Park, & Schotte, 2023, https://doi.org/10.1093/oso/9780192872241.003.0003

これは単なるグローバルな傾向にとどまらず、高所得国の国内でも、労働者のスキルや職種によって非定型化の波が不均等に押し寄せていることを示唆します。

日本のような成熟経済では、パート従業員であっても「考える力」「柔軟な対応力」「マルチタスク処理能力」を求められるケースが増加。
一方、業務の単純化・自動化が進んだ部門では、ほぼ操作だけの定型業務に従事している人もいます。この非対称性が、同じパートでも業務の“質的な負担”に大きな差を生んでいるのです。

4-2. 職種の中身が違えば、労働負担も当然違ってくる

「レジ係」「清掃」「保育補助」など、職種名が同じでも、実際にやっていることが全く異なることはよくあります。

たとえば、同じ“レジ担当”というポジションでも、

  • Aさん:セルフレジの誘導と簡単な接客だけ
  • Bさん:有人レジでのスキャン・精算に加え、レジ締め・両替・クレーム対応も兼任

というケースは珍しくありません。
このような「職務内タスクの偏在」が、業務負担の不均衡を生んでいます。

学術的にも、同一職種内におけるタスク差異の重要性は指摘されています。
たとえば、Lewandowskiら(2023)は、仕事における“職業特有のタスクの違い”を無視すると、発展途上国における非定型化の進展度合いが過大評価されてしまうと述べています。これは、逆に言えば「表面上の雇用形態では実態をつかめない」という警告でもあるのです。

4-3. タスクベースで考える「労働量」の再定義

従来、労働量とは「勤務時間」「業務件数」で測られてきました。しかし現在では、仕事の複雑性や判断負荷といった“認知的労働”の重さが重要視されています。

具体的には以下のような観点です

  • 定型業務:マニュアル通りに処理、判断が不要、繰り返し作業
  • 非定型業務:状況に応じて判断、顧客との対応、複数の変数を同時に処理

Piasna(2020)の研究では、定型業務よりも非定型業務(特にサービス業や医療・福祉など)において、短時間勤務でも強いワークインテンシティ(労働強度)が発生していることが明らかになっています(Piasna, 2020, https://doi.org/10.5771/0935-9915-2020-2-259)。

つまり、「1時間に10個処理すればOK」というような定型業務より、「5件のクレーム対応」のような高ストレス・高判断負荷なタスクの方が、実質的には重労働なのです。

この現実を無視して「同じパートなのに…」と語るのは不十分であり、これからの職場改善や評価制度の見直しには“タスクベースの労働量測定”が不可欠です。

ポイント

  1. 高所得国では非定型労働への移行が進み、同じパート内でも業務内容の“中身”に差が出やすくなっている。
  2. 職種名が同じでも、実際のタスクや責任範囲が異なることが業務格差を生む。
  3. 労働量を「時間」や「件数」だけで測る時代は終わり、“判断や精神的負担の大きさ”も含めた再定義が必要。
  4. グローバルな研究でも、仕事の非定型化と職務差が不平等の構造要因であることが確認されている。

5. 同じ時間、違う強度:「見えない過重労働」の実態

「今日は4時間しか働いていないのに、なぜかクタクタ……」
「隣のパートさんと同じシフトなのに、自分のほうが明らかに疲れている」
こうした感覚は、多くの現場で共感されるものです。実はこの背景には、「仕事の強度(ワークインテンシティ)」という、目に見えにくい労働の密度・負担が関係しています。

この章では、「働いている時間は同じなのに、負担感がまるで違う」現象を、非標準労働時間・業種スキル・勤務体制の視点から構造的に掘り下げます

5-1. 非標準的労働時間がもたらすワークインテンシティ

Piasna(2020)の欧州労働調査をもとにした研究では、非標準的労働時間(例:夜間、早朝、週末など)や雇用主主導のスケジューリングが、仕事の“強度”を増幅させることが明らかにされています(Piasna, 2020, https://doi.org/10.5771/0935-9915-2020-2-259)。

具体的には、以下のような条件下で働く人に、特に高い労働強度が観察されています

  • シフトが頻繁に変わる
  • 当日になって勤務を依頼される(オンコール)
  • 他者の都合に合わせてスケジュールを組まざるを得ない
  • 夜間や週末勤務を常時求められる

このような環境では、たとえ労働時間が短くても、緊張感・ストレス・集中力の持続が求められる場面が多くなり、精神的にも肉体的にも大きな消耗を伴います。

つまり、仕事量の違いだけではなく、「時間帯や予定の不確実さ」も大きな負担要因になるということです。

5-2. 業種・スキル別に変わる「働き方の濃度」

同じ「4時間勤務」でも、その中身はまったく異なります。たとえば、

  • 飲食業でのランチタイム接客(繁忙・瞬発力)
  • 保育施設での児童対応(安全配慮・感情労働)
  • 医療事務の受付(問い合わせ対応・緊急対応)
  • コールセンター(秒単位で管理される業務量)

このような職場では、“一瞬たりとも気が抜けない”緊張状態が継続します。

対して、在庫整理・書類ファイリング・軽作業のように、単純反復・自己ペース型の業務では、同じ時間でも比較的負担が軽い場合があります。

このような「時間密度の差」は、Brüggen(2015)による“ワークロードとパフォーマンスの関係”の実証分析からも示されています。彼の研究によると、業務負荷が一定以上を超えると、アウトプットの質・量の両方が低下する「逆U字型」の関係が存在するとのことです(Brüggen, 2015, https://doi.org/10.1108/MD-02-2015-0063)。

これはつまり、「忙しすぎると人は能力を発揮できなくなる」という事実を示しています。

5-3. 雇用主主導型の柔軟勤務が過重労働を生む理由

「柔軟勤務」と聞くと、働く側が自由に時間を選べるイメージがあります。しかし実際には、雇用主主導での“名ばかり柔軟性”が広がっているのが現状です。

  • 「急に出勤を頼まれる」
  • 「明日のシフトが今日決まる」
  • 「他の人が休んだら自分がカバーする前提になっている」

こうした状況では、予定が立てづらく、仕事以外の生活(家事・育児・学業など)との両立が困難になります。

Piasna(2020)はこのような「雇用主主導型フレキシビリティ」を、“自律性のない柔軟勤務”と定義し、これが労働強度を高める主因であるとしています。

反対に、労働者主導型の柔軟勤務(フレックスタイム制・選択シフト制など)では、労働強度が比較的穏やかになる傾向が見られます。

つまり、「同じ勤務時間でも、誰が主導権を持ってスケジュールを決めているか」によって、仕事のきつさは大きく変わるのです。

ポイント

  1. 非標準労働時間や不規則なスケジュールは、短時間勤務でも高ストレスを生む。
  2. 業種・職務内容によって、同じ時間でも労働強度(仕事の“濃度”)がまるで違う
  3. 一定の業務負荷を超えるとパフォーマンスが低下する「逆U字型」の法則が確認されている。
  4. 「柔軟勤務」の実態は雇用主主導型であることが多く、自由度が低い柔軟性は逆に負担を増す
  5. 同じ時間働いても疲労度が違う理由は、仕事の設計と主導権の所在に深く関係している

6. 「ジェンダー×パート労働」が抱える構造的不平等

「同じパートなのに、なぜ女性ばかりが大変な業務を?」
「子育てがあるから軽めの仕事を希望したのに、結局責任ある役割まで…」
このようなモヤモヤは、単なる偶然や個人の問題ではなく、ジェンダー構造とパート労働の関係が深く関わる社会的現象です。

この章では、国内外の研究をもとに、「なぜ女性パートに仕事が偏るのか」「性別による役割期待がどのように負担格差を生むのか」、そして「それを変えるには何が必要なのか」を読み解いていきます。

6-1. 女性パートに偏る家庭責任と短時間勤務の代償

多くの女性パート労働者が、家庭や子育てとの両立を前提に勤務条件を選んでいます。時短・扶養内・平日日中など、制約のある働き方を選ばざるを得ない状況は、日本に限らず多くの国で見られる現象です。

Doanら(2021)のオーストラリアにおける研究では、女性が短時間労働に従事する主因の多くは「家庭内責任」であり、結果として高給で質の高い仕事へのアクセスが制限されていることが指摘されています(Doan, Thorning, Furuya-Kanamori, & Strazdins, 2021, https://doi.org/10.1007/s11205-020-02597-0)。

この調査では、仮に女性が男性と同じ雇用条件(業種・雇用保障など)で働いた場合、女性の労働時間は74%も増加する可能性があると試算されています。これはつまり、家庭責任が職場でのパフォーマンスや評価に直結してしまっている現実を浮き彫りにしています。

6-2. 同じパートでも性別で異なる“見えない負担”

同じ時間・同じ時給で働いていても、性別によって期待される役割や求められる仕事が異なることは、現場でよく見られます。

Mazeiら(2023)のドイツにおける研究では、女性は「収入を増やすために残業する」ことが少ない一方、「同僚の代わりとして残業する」割合が高いと報告されています(Mazei et al., 2023, https://doi.org/10.1525/collabra.87546)。これは、性別による“動機の違い”や“職場での見られ方の違い”を表しています。

また、女性パートの多くは「指示される側」よりも「支える側・察する側」として機能することが求められがちであり、結果的に感情労働や調整業務といった“目に見えにくい仕事”が集中する傾向にあります。

これは、正式な業務範囲に含まれていなくても、「空気を読む」「気を利かせる」「場を和ませる」といったスキルが無償の負担として蓄積していくことを意味します。

6-3. 時間の使い方に潜む「働けない構造」の正体

労働経済学では、単に「労働時間の差」だけでなく、「誰が家庭の無償労働を担っているか」を含めて議論する必要があるとされます。

Doanらの研究では、男性が家庭内の無償労働(育児・家事)にもっと関与すれば、女性が有償労働に従事する時間も自動的に増える可能性があるとし、その効果は労働時間格差の33.4%を説明するとされています(Doan et al., 2021, https://doi.org/10.1007/s11205-020-02597-0)。

このように、家庭と職場は切り離せない関係にあり、「女性は時間がないから仕事量が少ない」ではなく、「女性が時間を持てない構造になっている」という視点が必要です。

たとえば、保育園の送り迎えや高齢者の介護など、家庭内責任の多くが女性に集中する現状では、パート先で仕事量が軽減される代わりに、昇進や責任ある業務の機会が奪われていくこともあります。これが「軽い働き方」の代償です。

ポイント

  1. 女性パートは家庭責任と短時間勤務の影響で、高負荷業務から外れる代わりに評価も機会も得にくい構造にある。
  2. 性別によって「残業の動機」「期待される役割」が異なり、感情労働や雑務など“見えない仕事”が女性に集中しやすい。
  3. 時間の使い方は「選択」の結果ではなく、「構造的制約」によって決まっているケースが多い。
  4. 労働時間格差を是正するには、家庭内の無償労働の再配分とセットで考える必要がある。
  5. 同じパートでも、ジェンダーによって“働ける・任される・評価される”範囲が大きく変わるという現実がある。

7. 業務量とパフォーマンスの関係を科学する

「仕事が多い人は頑張っている? それとも損をしている?」
「任されている=評価されている」ではないと感じるのは、実はあなただけではありません。

この章では、心理学・行動科学・経営学の知見をベースに、業務量とパフォーマンスの関係性を科学的に検証します。
単に「仕事が多い=不公平」という直感を超えて、人間がどれだけの負荷まで健全に耐えられるのか、どこからパフォーマンスが落ち始めるのかをデータで明らかにします。

7-1. 仕事は多いほど損?“逆U字型”理論とは

心理学や行動経済学の分野では、「ストレスと生産性の関係」について長年研究がなされています。中でも広く知られているのが「逆U字型理論(Inverted-U Theory)」です。

この理論によると、仕事の負荷がまったくない状態では人は退屈し、生産性が低下します。
しかし、適度な負荷がかかることで集中力が高まり、パフォーマンスが最大化されます。
しかしながら、一定のラインを超えて業務負荷が高まると、今度はストレス・疲労・混乱が増し、生産性が急激に下がるという現象が起こります。

Brüggen(2015)はこの「逆U字型理論」を実証的に検証し、管理職レベルからパートタイムの職種まで、業務の負荷が高まりすぎるとアウトプットの質・量の両方が劣化することを示しました(Brüggen, 2015, https://doi.org/10.1108/MD-02-2015-0063)。

つまり、「仕事が多い=やっている感」だけで判断するのは危険であり、実際には「効率の悪い状態に陥っている可能性が高い」ということです。

7-2. 少なすぎても多すぎても生産性は落ちる

業務量が適度であれば良いパフォーマンスを発揮できる、というのは直感的に理解できます。
問題は、適度なラインがどこにあるのかという点です。

研究によれば、この“適度なライン”は個人の能力・性格・職務特性・環境要因によって異なるとされています。
たとえば、

  • マルチタスクに強い人は、多少タスクが重なっても集中力を保てる
  • 一方、細やかな作業が得意な人は、一定以上のスピードやボリュームで疲弊しやすい

Petersら(2021)は、「過重業務と燃え尽き症候群(burnout)」の関係を調査し、業務量の“主観的な重さ”が心理的疲弊に直結していることを示しました(Peters, Brough, & Biggs, 2021, https://doi.org/10.1007/s10869-021-09751-4)。
これはつまり、同じ業務量でも感じ方には個人差があり、結果的にパフォーマンスへの影響も変わることを意味します。

この研究は、評価制度において「タスク件数」や「労働時間」だけを見るのではなく、“タスクの質”と“働き手の主観”をバランスよく考慮する必要性を示唆しています。

7-3. 業務配分と評価制度のズレが招く無自覚ストレス

ここで見逃せないのが、職場内での業務量と評価制度の関係性です。

たとえば、「責任ある仕事を引き受ける人=評価される人」という図式がある職場では、誰もが“負担を引き受けた者勝ち”になる空気が広がります。
すると、

  • 頼まれごとを断りづらい
  • 自分だけ帰れない
  • 仕事を任されないと「評価されていない」と感じる

という悪循環が生まれます。

その結果、業務配分の不均衡が“目に見えないストレス”として蓄積していくのです。

実際、Schaufeliら(2017)の研究では、「仕事における“公正感の欠如”がバーンアウトや離職意欲を強める要因」であることが示されています(Schaufeli, Leiter, & Maslach, 2017, https://doi.org/10.1007/978-3-319-52887-6_12)。

ここで重要なのは、本人すら気づかないうちにストレスが蓄積しているケースが多いという点です。

ポイント

  1. 業務量とパフォーマンスの関係は「逆U字型」を描く:多すぎても少なすぎても効率は下がる。
  2. タスクの“数”だけでなく、“質”や“主観的負荷”を考慮した評価が求められる。
  3. 評価制度と業務配分にズレがあると、自発的に仕事を引き受ける人だけが損をする構造になる。
  4. 負荷の過剰集中は、やる気や成果を下げるだけでなく、本人も自覚しづらいストレスを生むリスクがある。
  5. 職場環境を健全に保つには、「どれだけ働いたか」より「どのように働いているか」に注目する必要がある。

8. 職種・セクター・地域で変わる「仕事量の基準」

「隣の市の同じ業種では、ここまで大変じゃないらしい」
「同じ職種名なのに、業務内容がまるで違う」
こうした話は決して珍しいものではありません。

この章では、“同じパートでも仕事量が違う”という現象が、職種やセクター、地域によってどのように形を変えるのかを探っていきます。
どこで、どんな仕事を、どんな人のもとでやるかによって、“業務量の常識”は大きく変化します。

8-1. 同じ職種名でも“やっている仕事”は別物

「保育補助」「レジスタッフ」「事務パート」といった職種名は、見かけ上は同じでも、実際に行っている業務の内容や難易度には大きなばらつきがあります。

たとえば、以下のような違いがよく見られます

職種名 A店舗・施設 B店舗・施設
レジ セルフレジ誘導・サポート 手打ち会計・商品知識・包装
保育補助 遊びの見守り中心 トイレ介助・午睡対応・記録作成
事務 書類整理・郵送物仕分け 顧客対応・電話応対・データ入力

これは単なる偶然ではなく、「職場の人員配置や業務設計の違い」が生み出す格差です。

また、業種によって業務の粒度や指示の出し方が異なることも要因です。
製造業では「工程」「手順書」による標準化が進んでいる反面、サービス業では現場の裁量が大きく、「同じ仕事でも、やる人によって内容が変わる」ことすらあります。

8-2. 経済構造が生む「地域別格差」とその影響

職場による違いだけでなく、地域ごとの経済環境の差も、業務量に影響を与えます。

たとえば、東京や大阪などの大都市圏と、地方都市・郊外では次のような違いが顕著です。

  • 都市部:業務が高度化・多様化しており、接客や事務でもマルチスキルが求められる。
  • 地方部:業務は比較的シンプルだが、少人数運営で一人あたりのカバー範囲が広い。

OECDの地域経済報告(2020)では、日本国内でも「都市圏と農村圏での生産性・タスク複雑性に差がある」ことが明示されています(OECD, 2020, https://doi.org/10.1787/5jrs3sbcrvzx-en)。

これは、「どの地域で働くか」によって、求められるスキルや仕事量の基準が変わるという意味です。
都市部では「効率よく短時間で成果を出すこと」が重視され、地方では「人手不足をカバーするために多岐にわたる業務をこなすこと」が重視される傾向があります。

8-3. 業務設計の仕方が“同一雇用条件”の意味を変える

最後に注目すべきは、「業務設計(ジョブデザイン)」がどのように行われているか、です。

雇用条件が同じでも、仕事の切り出し方・責任の割り振り・マニュアルの有無などによって、働き手が感じる負担や業務の“質”はまったく変わってきます。

たとえば、

  • 属人的な業務設計:「できる人」に合わせて業務が割り振られる → 業務量に個人差が出る
  • 均質化を重視した設計:業務を細分化し、全員がローテーションでこなす → 業務格差が抑制される

日本の職場は、欧米に比べてジョブディスクリプション(職務記述書)による明文化が遅れており、業務範囲が曖昧なまま運用されることが多くあります。

この結果、同じ「パートスタッフ」でも、誰が上司か・何を期待されているかによって、「やるべきことが見えないうちに増えていく」という現象が起きやすいのです。

ポイント

  1. 同じ職種名でも、実際の仕事内容・求められるスキル・責任の重さは大きく異なる
  2. 都市と地方では、業務の密度や種類に違いがあり、地域経済構造が業務量の“常識”を変えている
  3. ジョブデザイン(業務設計)の精度が低いと、個人の能力や性格によって業務量が偏る
  4. 雇用条件が同じでも、「どの会社で、誰の下で働くか」によって、仕事量の実態は全く変わってくる。
  5. 「同一雇用=同一仕事」ではなく、仕事の設計と環境次第で“負担の重み”は大きく揺れるという前提が必要。

9. 「同じパートでも損しない」ための考え方と行動

これまでに見てきたように、「同じパートなのに仕事量が違う」という現象は、単なる個人の問題ではなく、制度、文化、ジェンダー、職種構造、地域特性などが複雑に絡み合った結果です。

とはいえ、すぐに制度を変えたり、会社の文化をひっくり返したりすることは現実的ではありません。
だからこそ大切なのは、自分ができる範囲で「損をしない」「抱え込まない」ための具体的な行動や思考法を身につけることです。

この章では、「何が不公平なのか」を正確に認識し、「どう伝えれば角が立たないか」「どこまでを自分の役割とすべきか」を言語化していきます。

9-1. まずは現状を可視化する:見えない負担の言語化

多くの人が、「なんとなく自分ばかり忙しい」「理不尽だけど証明しにくい」と感じたまま、モヤモヤを抱えてしまいます
これは、業務量が数値化・見える化されていない職場で特によく起こります。

そこで有効なのが、自分が行っている業務を「タスク」として細分化し、記録すること」です。

  • 「開店準備(掃除・POP出し・金庫確認)」:7:45〜8:20
  • 「電話応対(他スタッフが不在時も対応)」:9:00〜随時
  • 「休憩調整(他の人の代わりに後倒し対応)」:12:00以降

こうした記録を1週間ほど続けると、自分の仕事量の実態が見えてきます
さらに、他の人との業務内容を比較することで、「主観的な不満」ではなく「客観的な不公平感」として共有できる可能性が高まります。

Doanら(2021)は、家事や職場での見えない労働を「時間使用調査」によって定量化することで、ジェンダー不平等の可視化が進んだと報告しています(Doan et al., 2021, https://doi.org/10.1007/s11205-020-02597-0)。
これは、パート労働にも同様に応用可能な考え方です。

9-2. 不満を伝えるより、“提案”として話す交渉術

業務量が偏っていることに気づいても、感情的に「不満」として伝えてしまうと、関係性にヒビが入ることもあります。
そこで大事なのは、建設的な「提案」として伝えることです。

たとえば

  • ×「私ばかり仕事が多くて不公平です」
    → ○「この業務をチームで交代制にできませんか?」
  • ×「〇〇さんが楽な仕事ばかりしてます」
    → ○「作業内容を一度分担表にしてみませんか?」
  • ×「上司が私にばかり任せすぎです」
    → ○「全体の役割が見えるように、週次で確認の場を作りませんか?」

このように、相手を責める言い方ではなく、「全体の働きやすさを高めるための提案」として伝えることで、受け手側も防衛的にならず、前向きに検討しやすくなります。

Petersら(2021)は、職場でのストレス軽減において、「自律性の確保と交渉機会の有無」が心理的満足度に影響することを指摘しています(Peters et al., 2021, https://doi.org/10.1007/s10869-021-09751-4)。
つまり、「黙って我慢すること」より、「伝え方を工夫して行動すること」が、最も実効性のある対策なのです。

9-3. やりがいと負担のバランスをとる働き方

「多少の負担があるけれど、任されることでやりがいも感じている」
そんな状況にいる人も少なくないはずです。

問題なのは、その“やりがい”が職場から正当に認識・評価されていないとき。
任される一方で、昇給もない、ポジションも変わらない、感謝もされない——そんな状態は、長期的には燃え尽きにつながります。

Brüggen(2015)の研究では、「内発的動機づけ(やりがい)」がある場合でも、業務量が過度に増えるとワークエンゲージメントは下がると報告されています(Brüggen, 2015, https://doi.org/10.1108/MD-02-2015-0063)。

そこで大切になるのは、自分の納得できる「線引き」を持つことです。

  • 「この業務までは引き受けるけど、担当外の仕事は事前に相談してほしい」
  • 「繁忙期だけは追加対応するが、通年対応は難しい」

こうした“基準”を自分の中で明確にし、それを穏やかに伝えていくことで、「できる人が損をする構造」から少しずつ抜け出す道が開けてきます。

ポイント

  1. 自分の業務量を見える化・言語化することで、主観的な不満から客観的な改善提案に変えられる。
  2. 不満は「提案」に変換して伝えると、相手との関係性を壊さずに状況改善が図れる。
  3. “やりがい”は大切だが、それが正当に評価されていない場合は、自分を守る線引きが必要
  4. 対話や交渉のスキルを磨くことが、最も効果的で再現性の高い「損しない働き方」に繋がる。
  5. 構造はすぐには変わらない。だからこそ「自分が壊れないための行動設計」が不可欠。

10. Q&A:よくある質問

「同じパートなのに私だけ忙しい」「これって言っていいの?」「辞めるべき?」
そんな声が数多く寄せられています。ここでは、多くの現場で実際に聞かれる質問と、その背景や対応策について、専門知見と実践的視点の両方から回答していきます。

10-1. なぜ同じパートなのに私だけ忙しい?

多くの場合、業務内容の“非対称性”や“曖昧な業務設計”が原因です。
例えば、以下のような要因が重なっているケースがよく見られます

  • 「できる人」への業務集中
  • 雇用主の暗黙の期待
  • ジョブディスクリプション(職務記述書)の不在
  • “気が利く人”への無意識な業務依存

Brüggen(2015)の逆U字型理論にもあるように、業務量が多すぎるとパフォーマンスが落ちるだけでなく、不公平感やバーンアウトの原因にもなりうるhttps://doi.org/10.1108/MD-02-2015-0063)。
まずは、自分のタスクを整理して、上司や同僚と“見える言葉”で共有することが大切です。

10-2. 上司にどう伝えたら角が立たない?

「不満」ではなく「提案」として伝えることが鍵です。

  • ×「〇〇さんより私の仕事の方が多い」
  • ○「チームで業務を見直す機会を作りたいのですが、いかがでしょうか?」

このように、「全体の効率や職場環境の改善」をゴールとして提示することで、相手を責めずに交渉の場が生まれやすくなります

Petersら(2021)は、自律性のある職場が従業員の満足度と生産性を高めると述べています(https://doi.org/10.1007/s10869-021-09751-4)。
そのため、自分の考えを建設的に表明することは、むしろ組織全体にとってもプラスになる行動です。

10-3. 不公平さが限界…辞める判断の基準は?

辞めるか残るかは、以下の3点で考えると整理しやすくなります。

  1. 体調・精神面に支障が出ているか
  2. 対話・交渉をしても改善が見込めないか
  3. やりがい・成長機会が完全に失われているか

これらすべてに当てはまる場合は、無理をせず退職を視野に入れることも選択肢です。

Schaufeliら(2017)は、職場の“公正感の欠如”が離職率を高めることを指摘しています(https://doi.org/10.1007/978-3-319-52887-6_12)。
辞めることは「逃げ」ではなく、「壊れないための戦略的撤退」と考えるのが現代的な視点です。

10-4. 周囲が楽をしていても耐えるべき?

“他人の楽”を引き受ける義務はありません。

確かに、「あの人がやらないなら自分がやるしかない」という状況はありますが、それが常態化すると構造的な不公平を容認することになります。

むしろ、業務を透明化し、誰が何をしているかを見える化する仕組み(タスク表・業務ローテーション)が必要です。

Piasna(2020)は、柔軟勤務で自律性が奪われると、ワークインテンシティ(労働強度)が高まると報告しています(https://doi.org/10.5771/0935-9915-2020-2-259)。
つまり、「無言の我慢」が自分だけでなく周囲の働き方まで歪めていくことがあるのです。

10-5. 本当に「できる人」に仕事が集中するだけ?

確かに「できる人」に仕事が集まりやすいのは事実です。
ただし、それが常に“評価”や“昇給”とセットになっているとは限らないのが問題です。

Doanら(2021)は、家庭内の無償労働が多い女性が、職場でも非公式な“ケア”や“補助”を担うことが多く、労働の見えにくさが評価から漏れていると指摘しています(https://doi.org/10.1007/s11205-020-02597-0)。

「任されること=信頼」ではあっても、「任されすぎ=評価されている」とは限りません。
だからこそ、引き受けるライン・引くラインを明確にすることが、長期的に“損しない働き方”につながります。

ポイント

  1. 自分だけ忙しい理由には業務設計・評価制度・暗黙の期待など構造的な背景がある。
  2. 伝え方を変えることで、問題提起が職場改善の提案に転化できる
  3. 限界を超えたと感じたら、「辞める」という判断も合理的な選択肢。
  4. 他人の“楽”を補完し続けると、不公平を固定化するリスクがある。
  5. 「できる人だから任される」は正しいが、「評価されている」とは限らない。見えない労働の価値は自分で守る必要がある。

11. まとめ:見えない格差を「構造から」変えていくために

「同じパートなのに仕事量が違う」――これは一見個人的な不満のようでいて、実は非常に構造的かつ多層的な問題です。

この記事では、労働経済学・ジェンダー研究・国際比較・心理学的ストレスモデル・業務設計論など、さまざまな視点からこの“見えない不平等”を解き明かしてきました

そして明らかになったのは、次のような事実です

● 仕事量の「違い」は偶然ではなく、仕組みから生まれている

  • 同じパートという雇用区分にいても、「どの時間に」「どの職場で」「どのような業務設計のもとで」働いているかによって、負担・責任・裁量の重みは大きく異なります
  • 特に、日本の職場に多い「職務の曖昧さ」「上司による裁量偏重」「責任の属人化」は、業務の偏りを生み出しやすい土壌となっています。

● 女性や“できる人”に業務が偏る社会的メカニズムがある

  • 「家庭責任」や「気が利く人」といった属性が、無自覚に「補助者役割」や「雑務係」へと押し込まれるケースは、研究でも再三指摘されてきました。
  • 特に性別・年齢・パート歴などが、非公式な役割期待に繋がりやすいという現象は、日本的職場文化に根深く存在しています。

● 忍耐ではなく、行動と構造認識がカギ

  • モヤモヤを「我慢する」のではなく、「見える化・言語化・交渉」というステップを通じて、自分自身を守りながら職場改善に働きかけることが現実的な対処法です。
  • そして「損しない」ためには、線引き・提案・記録といった行動の積み重ねが有効です。

● 長期的には「制度設計」への働きかけも必要

  • ジョブディスクリプションの明文化
  • タスク共有ツールや業務分担会議の導入
  • 柔軟勤務の主導権を労働者側に

これらはすべて、仕事量の格差を“属人化”させずに、仕組みとして是正する方向性です。

Brüggen(2015)、Doanら(2021)、Schaufeliら(2017)といった研究者たちの分析も明確に示していますが、構造を見直すことで初めて、働く人々の負担が適正化され、持続可能な労働環境が実現します

最後に:あなたは「頑張りすぎている」かもしれない

同じ時間、同じ契約条件で働いていても、心身の疲労感・プレッシャー・やりがいの感じ方は人によって大きく異なります
もしあなたが、「自分ばかり忙しい」と感じているなら――それは甘えでも、わがままでもありません。

それは、構造の中に埋もれた「不均衡な何か」に、あなたが真っ先に気づいているという証拠です。

この記事が、そんな“気づけるあなた”が、「壊れずに、損せずに、希望をもって働き続ける」ための一歩となることを願ってやみません。

ポイントまとめ

  1. 「同じパートなのに仕事量が違う」は仕組みの問題であり、構造的な不均衡が原因である。
  2. 業務量の偏りは、性別・役割期待・職務の不明確さなどから生じている。
  3. 自分を守るには、現状の可視化・交渉スキル・線引き力が不可欠。
  4. 長期的には、制度改革と組織文化の見直しが必要。
  5. 「不満を言える人」ではなく、「変化を起こせる人」になることが、損しない働き方への第一歩

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