近年、企業の人事担当者や経営層の間で「優秀な社員ほど先に辞めてしまう」という声が広がっています。この現象は単なる偶然ではなく、構造的な背景を持つ深刻な課題として注目を集めています。実際、「なぜ優秀な人ほど転職するのか」「企業はどうすれば引き止められるのか」といった疑問は、ビジネス界全体に共通する悩みです。
本記事では、世界各地の実証研究をもとに、「優秀な人ほど転職するのは本当なのか?」という問いに多角的な視点からアプローチします。
たとえば、Bartolucci, Devicienti & Devicienti(2011)の研究では、労働市場における「ポジティブ・アソートマッチング(positive assortative matching)」、すなわち優秀な人材がより優れた企業へと自然に移動する傾向が示されました(https://doi.org/10.2139/SSRN.2154322)。これは、優秀な人材が市場で評価され、より良い職場へとキャリアを自発的に進めていることを意味します。
一方で、Retnowati & Putra(2023)は、評価制度や仕事満足度の改善が転職意向を低下させることを報告しており(https://doi.org/10.47532/jis.v6i2.853)、企業側の取り組みによって人材の流出はある程度コントロール可能であるという視点も提供しています。また、Gyanmar & Achmad(2024)は、変革型リーダーシップと仕事満足度が離職意向に大きく影響することを明らかにしました(https://doi.org/10.30738/md.v8i2.17314)。
さらに、OECDの「Moving to Better Jobs」(2024)では、転職を通じて高齢労働者がより良い待遇を得ている一方で、若年層とは異なるキャリア戦略があることが報告されています(https://doi.org/10.1787/ef677879-en)。
このように、優秀な人材の転職は単に「辞めた」ことだけを問題視するのではなく、その背景にある動機や構造を理解することが不可欠です。そして企業側は、流出の原因を的確に把握し、戦略的な対策を講じなければ、優秀な人材を守ることはできません。
この記事では、優秀な人材がなぜ転職するのか、その決断にどのような背景があるのか、そして企業が取り組むべき課題は何かについて、11の視点から詳しく解説していきます。採用、定着、育成といったキーワードに関心を持つすべてのビジネスパーソンにとって、必読の内容となることでしょう。
1. 優秀な人ほど転職するは本当か?背景にある現代の労働市場
現代の労働市場では、従来のように「1つの会社に長く勤めること」が必ずしも美徳とはされなくなりつつあります。むしろ、多様な経験を積みながらキャリアを主体的に形成していく流れが強まり、特に優秀な人材ほどその動きが顕著です。本章では、「優秀な人ほど転職する」という見方の背景にある社会的・経済的変化を明らかにし、その現象を裏付ける実証研究の知見を紹介します。
1-1. 「転職はネガティブ」の常識が変わりつつある
かつて日本では、終身雇用制度の名残りもあり「転職=裏切り」「忍耐不足」といったイメージが根強く存在していました。しかし近年では、ビジネス環境の激変により、個人が複数の職場を経験することが当たり前となりつつあります。特にITやベンチャー企業の分野では、3~5年での転職が一般的になり、むしろ「キャリア形成に積極的な証」として評価されるようになってきました。
これは単なる文化の変化ではなく、企業側のニーズとも一致しています。高度なスキルや戦略的思考を持つ人材は、企業成長の鍵を握る存在です。そうした人材を確保するために、他社からの積極的なスカウトが行われ、結果として優秀な人ほど「自分の力を最大限発揮できる環境」を求めて移動していく傾向が強くなるのです。
加えて、人的資本経営の普及により、キャリアの連続性ではなく「成果を出せる場で働くこと」が重視されるようになった点も、転職が当たり前になった要因の一つといえるでしょう。
1-2. 労働者と企業のマッチング進化に関する研究動向
このような労働市場の変化に伴い、経済学・組織論の分野でも「人と職場のマッチング」を測定する研究が進んでいます。中でも注目されるのが、労働経済学におけるマッチング理論の進展です。これは、労働者が自身の能力や志向に合った企業へと移動することが、全体の生産性を高めるという考えに基づくものです。
このマッチングの質を高めるプロセスの一環として、転職は重要な役割を果たします。単に企業が人材を「囲い込む」のではなく、労働市場全体が流動性を持ち、適材適所の配置が進むことで、働き手の満足度とパフォーマンスが高まっていくのです。
企業と人材がより良い関係を築くためには、企業側が「採用→育成→評価→定着」という一連の流れの中で、常に人と組織の相性を意識し、相互に成長できる環境を整える必要があります。
1-3. ポジティブ・アソートマッチングとは何か(Bartolucciらの研究)
この現象を実証的に捉えた代表的な研究が、Bartolucci, C., Devicienti, F., & Devicienti, F.(2011)による「Better Workers Move to Better Firms: A Simple Test to Identify Sorting」(Social Science Research Network)です(https://doi.org/10.2139/SSRN.2154322)。
彼らの研究では、労働市場において優秀な労働者が、より高生産性の企業に集まる傾向があること、つまり「ポジティブ・アソートマッチング(positive assortative matching)」の存在が検証されました。これは「能力の高い人ほど、優れた企業に吸い寄せられるように集まる」という理論であり、転職行動が個人と企業の双方にとって合理的であることを示しています。
同研究では、労働者と企業のマッチングを通じて「より良い経済的成果を出す配置」へと自発的に移行する傾向があることが、統計的にも確認されました。これは、「優秀な人材ほど長く一社にとどまらない」という現象の根拠の一つであり、転職行動が単なる不満や逃避でなく、戦略的な選択である可能性を裏付けています。
この知見を前提に考えれば、優秀な人材が転職するのは「問題」ではなく、むしろ当然の結果であるとも捉えられます。企業として重要なのは、そうした人材がなぜ出ていくのかを個別に分析し、自社の魅力や育成体制を見直していくことにほかなりません。
ポイント
「優秀な人ほど転職する」は感覚的な話ではなく、実証研究によって裏付けられた現象です。労働市場の成熟とともに、人材の流動性は今後も高まっていくと見られており、企業はその前提に立って人材戦略を設計する必要があります。
2. 優秀な人材はなぜ転職するのか?7つの主要因を検証
「優秀な人ほど転職する」と言われる現象には、確かな理由があります。ただ単に「給料が良いから」「他社に誘われたから」では済まされない、複雑で多面的な要因が絡んでいます。ここでは、近年の研究や実務的な観点から、優秀な人材が転職を決断する7つの代表的な要因を詳しく見ていきます。
2-1. 成長機会の欠如:停滞が人材を追い出す
多くのハイパフォーマーが職場に求めているのは、「自分の能力を高められる環境」です。日々の業務に挑戦がなく、成果を出しても新しい役割やプロジェクトが与えられない環境では、成長意欲の高い人材は強い閉塞感を覚えます。
「このままでは成長が止まってしまう」「ここにいても将来が見えない」と感じたとき、彼らは自然と次のフィールドを求め始めるのです。これは裏を返せば、優秀な人材ほど「今の職場にとどまることのリスク」を敏感に察知するという特徴でもあります。
2-2. 評価制度と報酬の不一致(Retnowatiらの調査結果)
Retnowati, E., & Putra, A. R.(2023)の研究「Pengaruh sistem penilaian kinerja dan kepuasan kerja terhadap turnover intention」(https://doi.org/10.47532/jis.v6i2.853)では、業績評価の公平性と仕事満足度が、転職意向に強く関係していることが明らかになっています。
たとえば、どれだけ成果を出しても評価が形式的だったり、昇進や報酬に結びつかなかったりする職場では、モチベーションが維持されません。特に高い自己効力感と成果へのこだわりを持つ人材にとって、「頑張りが正当に認められない環境」は大きなストレスになります。
このような職場では、優秀な人材が「もっと自分を評価してくれる場所」を探し始めるのは自然な流れです。
2-3. マネジメントへの不信と変革型リーダーシップの欠如(Gyanmar & Achmad)
Gyanmar, F. A. A., & Achmad, N.(2024)の研究「Pengaruh kepuasan kerja dan gaya kepemimpinan transformasional terhadap turnover intention」(https://doi.org/10.30738/md.v8i2.17314)では、変革型リーダーシップの存在が、従業員の転職意向を大きく下げることが示されています。
変革型リーダーとは、単に業績管理を行うだけでなく、ビジョンを共有し、部下の成長にコミットするリーダーです。こうした存在がいない組織では、部下は自分のキャリアの未来像を描けず、不安や不満が高まっていきます。
上司の視野が狭い、部下の意見に耳を傾けない、フィードバックが少ない――こうしたマネジメントスタイルの下では、どれだけ仕事が好きでも、優秀な人材は組織を離れる選択をする可能性が高くなります。
2-4. 組織文化・心理的安全性の欠如(Lin & Huang)
Lin, C.-Y., & Huang, C.-K.(2021)の研究「Employee turnover intentions and job performance from a planned change」(https://doi.org/10.1108/IJM-08-2018-0281)では、組織の学習文化と心理的安全性が離職意向に与える影響が取り上げられています。
「自分の意見を言える」「失敗を恐れず挑戦できる」―こうした風土があるかどうかは、優秀な人材にとって重要な要素です。組織の中での孤立感や、閉鎖的な雰囲気は、離職の大きな引き金になります。
優秀な人材は、自分の意見が無視されたり、変化を受け入れない企業文化に直面したとき、「この会社では自分の能力が腐ってしまう」と感じ、離れる選択をする傾向があります。
2-5. 職場環境と人間関係のストレス(Suhartoらのケース)
Suharto, A., & Winahyu, P.(2022)の研究(https://doi.org/10.36841/jme.v1i7.2326)では、職場の物理的環境や人間関係、報酬が従業員の離職意向に与える影響を検証しています。
どれだけ仕事内容にやりがいがあっても、日々の業務の中でストレスが蓄積していくと、長期的な定着は難しくなります。特に人間関係のトラブルや過剰な業務負荷は、ハイパフォーマーにとっても限界を超える要因になり得ます。
優秀な人材ほど、自分のエネルギーを「成果」ではなく「人間関係の摩擦」に浪費することを嫌う傾向にあり、環境が悪ければ早い段階で見切りをつけて転職に踏み切るのです。
2-6. 業務内容と自己実現のギャップ
優秀な人材は、「やらされ仕事」に強い抵抗感を持ちます。ルーティンワークに終始し、自分の強みや志向を活かせない環境では、やりがいを感じることができません。
「もっと貢献できるのに任せてもらえない」「能力を活かす機会がない」といった不満が積み重なると、いずれは「自分の可能性を活かせる場」を求めて外部へ目を向けるようになります。
キャリアの主体性を重視する人ほど、仕事と自己実現の間にズレを感じると、早期の見切りと転職行動に出やすくなるのです。
2-7. 外部市場からのスカウト・引き抜き圧力
優秀な人材は、社外から常に「見られている」存在です。特にSNSや転職プラットフォームの普及により、個人が情報発信をしながら市場価値を高める時代となりました。企業が積極的にヘッドハンティングを行う中、ハイパフォーマーには定期的に魅力的なオファーが舞い込んでくるのが現実です。
今の職場に不満がなくても、「もっと自分を評価してくれる会社」「より大きな裁量を与えてくれるポジション」が提示されれば、キャリア上の選択肢として転職を検討するのは自然な反応でしょう。
ポイント
優秀な人材の転職には、明確で合理的な理由があります。これは決して一時の感情や軽い判断によるものではなく、自身の成長・適正な評価・働きやすさ・使命感といった、根源的なニーズが満たされないことに起因しています。企業がこの事実を直視しない限り、人材流出の根本的な解決は困難です。
3. 「転職によって能力が開花する人」の特徴とは
「転職=失敗」だった時代はすでに過去のものです。今日では、転職を通じて飛躍的に成長する人も少なくありません。特に優秀な人材にとって、転職は単なる職場の移動ではなく、「能力を最大限に発揮できる舞台を選び取る行動」であることが多いのです。本章では、実際に転職によって能力を開花させる人の特徴と、その背景にある要因について考察します。
3-1. Kellerらによる自然実験とパフォーマンスの向上
Keller, R. T. & Holland, W. E.(1981)の研究「Job Change: A Naturally Occurring Field Experiment」(https://doi.org/10.1177/001872678103401203)は、転職の影響を実験的に観察した貴重な文献の一つです。
この研究では、転職した従業員が新しい職場において、以前よりも高い業績・仕事満足度・革新性を示したことが明らかになりました。特に注目すべきは、転職が「役割の明確化」と「職場環境の再構築」をもたらすことで、従業員が自信を持って行動しやすくなった点です。
従業員のなかには、前職では埋もれていたスキルやアイデアが、新しい職場では積極的に活かされるというケースもあります。これはまさに、「環境が人を育てる」ことを裏付ける好例といえるでしょう。
3-2. 転職先での「役割の明確化」が成長を促す
転職によって能力が開花する人の特徴として、「新しい職場での役割が明確であること」が挙げられます。
人は自分の責任範囲や期待値がはっきりしているとき、最も力を発揮しやすくなります。あいまいな役割の中で「何をしていいのか分からない」「成果が何で測られるか分からない」といった状況では、本来の能力が十分に表に出ません。
転職によって、より自分にフィットした職務やミッションを与えられたとき、人は本来持っていたポテンシャルを解放することができます。特に、意思決定権や裁量が与えられたとき、パフォーマンスは飛躍的に向上することが多いのです。
3-3. 転職によって得られる自己効力感と裁量の広がり
自己効力感とは、「自分ならできる」と信じられる感覚のことです。心理学者バンデューラが提唱したこの概念は、パフォーマンスやモチベーションに直結する重要なファクターです。
転職先で評価される、任される、結果を出せる――これらの経験の積み重ねが、自己効力感を高める原動力になります。前職では「空気を読んで動く」ことが重視されていたが、転職後は「自分の判断で進めること」が歓迎されるようになり、内発的動機づけが高まったというケースも多く見られます。
さらに、転職を機に「自分で業務の設計ができる」「新しい取り組みに挑戦できる」といった裁量が広がると、自律性が高まり、成果にも良い循環が生まれます。
優秀な人材が転職で成功する要因のひとつは、「裁量ある環境に身を置くことで、能力の最大値を引き出せる」という点にあります。
ポイント
転職を経て能力を開花させる人には、共通する条件があります。それは、「自分の特性に合った明確な役割が与えられ」「裁量を持ち」「成果が正当に評価される環境」に移動したときです。企業側がこのような環境を提供できれば、逆に優秀な人材を惹きつけ、定着させることも可能です。転職は、個人と組織のマッチングを最適化する一つの手段にすぎないのです。
4. 優秀な人は「いつ転職するのか」?意思決定のメカニズム
優秀な人材は、決して感情的に転職を決断するわけではありません。むしろ彼らは、自らのキャリアに対して非常に戦略的かつ冷静な判断を下します。「辞めたいから辞める」のではなく、「今、動くべきタイミングか」を多角的に分析し、ベストな時期を選んで転職に踏み切るのです。この章では、優秀な人材が転職を決意する際の意思決定プロセスと、その兆候について解説します。
4-1. タイミングは業績や成果と必ずしも一致しない
「業績が振るわないから辞める」というのは、一般的な転職理由の一つですが、優秀な人材に限っては逆です。むしろ、自分のパフォーマンスが高く評価され、安定して成果を出しているときにこそ転職する傾向があります。
なぜなら、そうした時期こそ「市場価値が最も高くなる瞬間」だからです。自らの成長を実感し、他社からのオファーも集まりやすくなる今を「ステップアップの好機」と捉えるのです。
また、自分の能力が現在の職場でこれ以上発揮できないと判断すれば、そこでの成功体験を“実績”として持ち出し、より挑戦的な環境を選びにいくのは極めて合理的な選択です。
4-2. 組織に見切りをつける「転機」はどこにあるか
優秀な人材が転職を意識する最大のきっかけは、「この組織ではもうこれ以上学べない」「変わる気配がない」と感じたときです。これは給与やポジションの問題というよりも、組織のビジョン、文化、マネジメントに対する不信から来るものです。
たとえば、以下のような状況は典型的な“見切りポイント”となり得ます
- 自分の意見が何度も無視される
- 組織の意思決定が遅く、非論理的である
- 上層部が現場の声を聞かない
- 業績が伸びていても評価や処遇が変わらない
- 年功序列・前例主義が支配的で改革が進まない
これらは、短期的には我慢できても、長期的にはキャリアの停滞に直結します。優秀な人ほど、「自分の時間を無駄にしたくない」と感じた瞬間、静かに次の環境を探し始めます。
4-3. ハイパフォーマーが抱く「成長限界感」の兆候
職場における“成長限界感”とは、「これ以上この会社で成長できるイメージが持てない」という心理状態です。これは単なる不満ではなく、未来を俯瞰できる人だからこそ芽生える感覚です。
以下のような兆候が現れ始めたとき、優秀な人材は次の一手を考え始めます
- 新しい挑戦がなく、仕事がルーティン化している
- 目標が曖昧になり、モチベーションが湧かない
- 「ここにいても3年後の自分は変わっていない」と予測できる
- 社内で昇進・異動などの変化が乏しい
- 同僚や上司との価値観がすれ違い始める
こうした内的変化は、表面的には見えづらいものの、本人の中では深刻な転職動機へと育っていきます。そして実行フェーズに入ったとき、彼らの動きは素早く、準備も周到です。
ポイント
優秀な人材は、転職のタイミングを冷静に計っています。彼らにとって転職とは、後退ではなく「次の成長へのステップ」です。企業側が気づかないうちに、彼らは次のフィールドを視野に入れて動き始めている――この事実を受け止め、適切な対話と機会提供を行うことが流出防止の鍵となります。
5. 世代別に見る転職行動の違い
転職理由は人それぞれですが、実は「世代」によっても動機や重視する価値観が大きく異なります。特に優秀な人材に絞った場合でも、20代・30代・40代以上といったライフステージごとに、転職を決断する要因には明確な差が存在します。この章では、各世代の転職行動に見られる特徴を明らかにしながら、企業がそれぞれの層にどのようにアプローチすべきかを整理していきます。
5-1. 若手人材とベテラン人材の転職理由は何が違う?
まず、20代〜30代前半の若手人材は、スキル習得や市場価値向上を最優先に行動する傾向があります。彼らにとって転職は「キャリア探索の一環」であり、数年単位で職場を変えることにさほど抵抗がありません。以下のような要素が、若手層の主な転職動機です。
- スキルアップ・専門性の獲得
- 裁量権のあるポジションへの挑戦
- スタートアップや成長企業への移籍によるスピード感のある経験
- 自分に合うカルチャーや上司を探す試行錯誤
一方、40代以降のベテラン層では、「今のポジションを維持したい」「安定した環境で力を発揮したい」というニーズが強くなりがちです。転職にはリスクも伴うため、決断には慎重になります。その分、「今いる会社で報われていない」「このままでは将来が不安」という強い動機がない限り、転職を選ばない傾向があります。
このように、同じ「転職」という行為でも、若手は自己実現や探索のため、ベテランは安定や評価の再確認のためと、背景にある心理はまったく異なります。
5-2. 高齢労働者のキャリアモビリティ(OECD「Moving to Better Jobs」より)
OECDのレポート「Moving to Better Jobs」(2024)(https://doi.org/10.1787/ef677879-en)では、高齢労働者のキャリアモビリティに関する詳細な分析が行われています。
この報告書によれば、自発的に転職した高齢者の多くが、賃金アップや職場環境の改善といった「ポジティブな成果」を得ている一方で、若年層と比べて転職に踏み切る割合はかなり低いことが分かっています。
これは、高齢労働者が現状の待遇や社内地位を手放すことにリスクを感じやすく、また転職市場でも流動性が制限されているためです。しかし同時に、環境を変えることで満足度や生産性が向上する余地も大きいとされています。
つまり、企業としては「高齢だから辞めないだろう」と楽観視するのではなく、価値ある人材が正当な評価や働きやすさを感じていない場合には、むしろ転職という選択肢が現実味を帯びるということを認識すべきです。
5-3. ミドル層の転職に見る「自己実現型キャリア志向」
30代後半〜40代半ばにかけての“ミドル層”は、若手とベテランの間に位置しながら、最も転職を真剣に検討しやすい層ともいえます。この層はある程度のキャリア経験を積んでおり、自身のスキルや志向が明確になっているからこそ、「このまま今の組織でキャリアを閉じてよいのか」という疑問が生まれます。
ミドル層が転職を決意する際には、以下のような観点が重視されます
- 管理職としての影響力や経営視点を持てるか
- 働く意味・理念との整合性が取れているか
- 自分の“これから10年”の姿が描けるか
- 今の会社での役割がルーティン化していないか
この世代の優秀人材は、「待遇」よりも「裁量」「意義」「変化の可能性」といった要素に強く反応します。そのため、成長が感じられない、挑戦ができないといった状況に長く置かれると、早期に離職を検討することになります。
ポイント
世代によって転職の動機と重視する要素は大きく異なります。若手はスキルと経験、ミドル層は自己実現と裁量、ベテランは安定と承認――企業はそれぞれのニーズに応じた人事戦略を構築することで、優秀な人材を適切に引き留めることが可能になります。世代別の特性を理解せずに一律のアプローチをしてしまうと、かえって人材流出を招くリスクがあるのです。
6. 優秀な人材が辞めてしまう企業の共通点
「なぜうちの会社からばかり優秀な人が辞めるのか?」と悩む経営者や人事担当者は少なくありません。給与も悪くない、制度も整っているのに、なぜかトップ人材が次々と離職していく――その背景には、外からは見えにくい“構造的な問題”が潜んでいることが多いのです。
ここでは、優秀な人材が離職を選ぶ企業に共通する特徴を3つの視点から掘り下げていきます。これらは「優秀な人に限った話」ではなく、特に彼らのような意識の高い人ほど強く反応しやすい要因です。
6-1. 成果と評価の不一致が信頼を損なう
最も大きな離職要因のひとつが「評価と実態のズレ」です。優秀な人材は、自分の仕事の成果やインパクトを的確に把握しており、それに見合った評価を当然のように期待します。
しかし、企業側の評価制度が年功序列に偏っていたり、上司の主観で昇格が決まったりしていると、ハイパフォーマーは次第に組織への信頼を失っていきます。
「これだけ結果を出しているのに、なぜあの人より昇進が遅いのか」
「評価の根拠が曖昧で、透明性がない」
「努力しても報われない環境では、自分の価値を活かせない」
このような不満が蓄積すると、最終的には転職という形で組織を離れ、自分を正当に評価してくれる職場を求めるようになります。
Retnowati & Putra(2023)の研究でも、業績評価制度が改善されることで従業員の転職意向が大きく低下することが明らかになっています(https://doi.org/10.47532/jis.v6i2.853)。
6-2. 上司が部下のキャリアに無関心
優秀な人材ほど、自身のキャリアに対して明確なビジョンや希望を持っています。しかし、そうした個人のキャリア志向に対して、マネージャーが無関心だった場合、強い離職動機となりえます。
特に問題なのは以下のようなケースです
- 面談は形式的で、業績の確認に終始する
- キャリア形成に関するアドバイスや支援がまったくない
- 「この部署にいれば5年後に部長になれる」などと画一的な進路しか示されない
Gyanmar & Achmad(2024)の研究でも、変革型リーダーシップを実践する上司のもとでは、部下の満足度が高まり、転職意向が大きく下がることが明らかにされています(https://doi.org/10.30738/md.v8i2.17314)。
優秀な人材は、指示待ちではなく、自分の意思でキャリアを切り拓きたいと考える傾向が強いため、上司との関係性が希薄だったり、成長支援の姿勢が感じられないと、自ら次の環境を求め始めるのです。
6-3. 組織の意思決定が不透明で変化を拒む文化
最後に挙げるのは、組織文化やガバナンスの問題です。優秀な人材は、ただ言われたことをこなすのではなく、物事の背景や目的を理解したうえで仕事を進めたいと考えます。そのため、意思決定のプロセスがブラックボックス化していたり、理由のない方針転換が頻発するような組織には大きなストレスを感じます。
また、「前例がないからやらない」「失敗したら責任を取れ」など、変化を恐れる保守的なカルチャーも大敵です。挑戦を恐れず、新しいことに価値を見出す優秀人材にとって、こうした環境は自分の成長を妨げる“壁”にしか映りません。
Lin & Huang(2021)の研究では、組織内に強固な学習文化があると、従業員の離職意向が下がることが示されています(https://doi.org/10.1108/IJM-08-2018-0281)。つまり、変化に柔軟で、挑戦を支援する土壌のある組織でこそ、優秀な人材は長く働きたいと感じるのです。
ポイント
優秀な人材が辞める企業には、評価の不透明さ、リーダーの無関心、閉鎖的な組織文化という3つの共通課題があります。これらはすべて、「本人のパフォーマンスとは関係のない構造的問題」であり、個人努力では解決できません。企業が本気で人材を守りたいのであれば、制度・文化・マネジメントの見直しが避けて通れないのです。
7. 逆に、優秀な人が定着する組織の特徴
優秀な人材を確保し、長期的に活躍してもらうには、「辞めさせない」よりも「辞めたくならない」組織づくりが不可欠です。企業が提供すべきなのは高額な報酬だけではなく、「ここで働き続けたい」と感じさせる納得感や成長の実感。これらがなければ、どれほど条件が整っていても優秀な人は離れていきます。
この章では、優秀な人材が「残りたい」と感じる組織の本質的な特徴を3つに分けてご紹介します。離職防止という視点だけでなく、ハイパフォーマーをさらに飛躍させるための土台づくりにもつながるヒントです。
7-1. 「自己成長」と「社会的意義」が両立する職場
優秀な人材の多くは、ただ仕事をこなすのではなく、「自分が成長し続けているか」「この仕事が社会にどう貢献しているか」を強く意識します。
自己成長の観点では、新しい知識やスキルが得られる環境か、挑戦の場があるか、役割の拡張があるかといった要素が重要です。加えて、自身の仕事が顧客や社会にどんな価値を生んでいるのかが実感できる職場では、使命感ややりがいが内側から湧いてきます。
たとえば、Kellerら(1981)の研究でも、新しい職場に移った後のほうが仕事満足度やパフォーマンスが向上したケースが報告されており、成長機会と職務意義が揃った職場が人材を活かす鍵であることが分かります(https://doi.org/10.1177/001872678103401203)。
「この組織で働く意味がある」と感じられる職場こそ、優秀な人材が腰を据える理由になります。
7-2. コミュニケーションの質が高く、声が届く環境
優秀な人は情報感度が高く、課題や改善点に早く気づきます。そのため、意見が聞き入れられない環境や、上意下達が強すぎる組織では早期に離職を検討することになります。
一方で、心理的安全性が高く、部下の意見を汲み取り、対話が重視される組織では、彼らは自分の意見やアイデアを実行に移すことができ、大きな満足感を得られます。
Lin & Huang(2021)は、学習文化と従業員満足度の関係を調査し、オープンなコミュニケーションと組織文化の柔軟性が離職意向を大きく低下させることを明らかにしました(https://doi.org/10.1108/IJM-08-2018-0281)。これは、「組織が変化を受け入れる風土があるかどうか」が、優秀な人材の定着に直結していることを示しています。
また、上司が定期的に部下と1on1の対話を持ち、価値観・成長希望・悩みに向き合う時間をつくることで、信頼関係が深まりやすくなります。
7-3. 柔軟な働き方とキャリア支援の融合
近年の働き方改革やリモートワークの定着により、優秀な人材は「時間と場所にとらわれず、高い成果を出せる環境」を重視するようになっています。
柔軟な勤務制度(フレックス・在宅勤務・裁量労働など)だけでなく、それを支えるIT環境や、業務の進め方の自由度も重要です。そして、単に自由に働けるだけでなく、「自分が将来どうなりたいか」に対する組織からの具体的な支援(スキル開発予算、社内公募制度、越境学習の推奨など)があれば、より強い定着動機につながります。
たとえば、Suhartoら(2022)の研究では、職場環境や報酬だけでなく、働き方の柔軟性も離職意向に影響する重要な要因であることが確認されています(https://doi.org/10.36841/jme.v1i7.2326)。
優秀な人材は、「働きやすさ」と「成長できる環境」の両立が図れている企業にこそ長く留まりたいと感じるのです。
ポイント
優秀な人が定着する組織には、「自己成長の余地」「声が届く職場文化」「柔軟な働き方とキャリア支援」の3つが共通しています。報酬や地位だけでは引き止められないハイパフォーマーの心をつかむには、彼らの“内発的動機”に寄り添う組織設計が欠かせません。これらを整えることは、単なる離職防止策ではなく、持続的な成長を可能にする組織戦略でもあります。
8. 企業が取るべき人材流出防止策とは?
優秀な人材の流出は、単なる“人員の減少”ではなく、組織全体の知的資産や競争力が外に漏れてしまうという意味で、非常に大きな損失です。だからこそ、企業は「辞められた後に慌てる」のではなく、「辞められる前に気づき、手を打つ」ことが求められます。
ここでは、実証研究の知見と実務の視点を交えながら、優秀な人材の離職を防ぐために企業が取るべき具体的な4つの対策を解説します。
8-1. 成果連動型でない「納得感のある評価制度」へ
成果主義が万能ではないことは、多くの企業が体感しているところでしょう。特に優秀な人材ほど、自分の努力や成果に対して「納得できる評価」を求める傾向が強く、「評価の不透明さ」や「貢献と報酬の乖離」に敏感です。
Retnowati & Putra(2023)の調査でも、評価制度の透明性と公正性が従業員満足度に強く影響し、それが離職意向を下げる決定要因になることが示されています(https://doi.org/10.47532/jis.v6i2.853)。
したがって企業側は、単なる数値主義ではなく、以下のような柔軟かつ透明な評価制度の設計が求められます
- 上司の主観が入りすぎない評価基準
- 数値に現れにくい影響力やチーム貢献を可視化する枠組み
- 目標設定と評価の振り返りを定期的にすり合わせる運用体制
- 評価と昇進・報酬の連動性の納得感の強化
納得できる評価があれば、たとえ短期的に報酬が上がらなくても、長期的な視点でキャリアを描くことができます。
8-2. 離職の予兆をキャッチするピープルアナリティクス
優秀な人材の離職は、予兆を見逃さなければ事前に対処可能です。そこで注目されているのが「ピープルアナリティクス」と呼ばれるデータ活用手法です。これは、勤怠データ・エンゲージメント調査・人事評価・社内SNSの発言傾向など、多様なデータを統合・解析することで、個人単位の離職リスクを可視化するものです。
たとえば以下のような指標が、転職兆候として知られています
- 突然の有給取得の増加
- 上司との面談時に発言量が減る
- 社内コミュニケーションツールへの投稿頻度の低下
- 明確なキャリアパスに関する相談が増える
こうした兆候に気づいたとき、すぐに1on1面談を行い、本人の本音を引き出す体制が整っていれば、離職を防げる確率は格段に高まります。
8-3. 組織学習とリーダー育成に向けた仕組みづくり
ハイパフォーマーが離れていく原因の多くは、上司のリーダーシップ不足や、組織の「学習しない文化」にあります。これは、単なる個人の資質の問題ではなく、「学び合い・挑戦し合う仕組み」がないことに起因しています。
Lin & Huang(2021)の研究では、組織学習文化と仕事満足度が、離職意向に大きな影響を与えることが明らかになっています(https://doi.org/10.1108/IJM-08-2018-0281)。このため、以下のような仕組みを制度として設けることが効果的です
- 社内勉強会やナレッジ共有の定例化
- リーダー候補者への段階的なマネジメント研修
- 異動やプロジェクト制で越境的な学習機会を創出
- 失敗に寛容な評価制度やトライアル制度の導入
「挑戦できる組織風土」を育てることは、優秀な人材にとっての大きな魅力となります。
8-4. ハイパフォーマーとの「1on1ミーティング」の効用
最も効果的かつ低コストな離職防止策の一つが、上司との「定期的な1on1面談」です。とくに、優秀な人材ほど自分の考えをしっかり持っているため、ただの「業務報告」ではなく、キャリア志向・価値観・悩みを丁寧に聞き出す対話が重要になります。
1on1を通じて本人の「言語化されていない不満」や「潜在的な期待」に触れることができれば、離職リスクの兆候を早期に察知することが可能です。以下のような問いかけが効果的です
- 最近、仕事でやりがいを感じた瞬間は?
- キャリアについて、どんな方向に進みたい?
- 今の職場で「こうだったらもっと良いのに」と思うことは?
- 次の成長ステップとして考えていることは?
このような対話の積み重ねが、信頼関係を築き、「ここは自分のキャリアを支援してくれる場所だ」と実感させることにつながります。
ポイント
人材流出を防ぐには、「辞めさせない仕組み」ではなく、「辞める必要がない環境」を整えることが本質です。評価制度、データによる予兆把握、学習文化、対話の機会――これらを総合的に機能させてこそ、優秀な人材は企業に“とどまりたくなる”のです。企業は今こそ、「引き止める」のではなく、「惹きつける」人事へと進化すべき時期に来ています。
9. 採用戦略と育成の再構築で未来の流出を防ぐ
優秀な人材の離職を未然に防ぐためには、「今いる人をどう守るか」だけでなく、「これから採用する人材に対して、どう定着・成長の道筋を設計するか」という視点が欠かせません。採用と育成は切り離せない連続プロセスです。つまり、定着を前提とした“入り口設計”と“育て方の見直し”が、将来の離職率を大きく左右します。
ここでは、企業が今すぐ見直すべき3つの観点から、採用・育成戦略の再構築について考察します。
9-1. 採用段階で見るべき「適応力」と「変化耐性」
採用活動では「学歴」や「スキル」だけでなく、その人が組織の変化や多様性にどれだけ柔軟に対応できるか――すなわち“変化耐性”や“適応力”を見極めることが極めて重要です。
優秀であっても「自分のやり方に固執しすぎる人」「環境の変化にストレスを感じやすい人」では、組織の成長スピードについていけず、やがてミスマッチが生まれます。逆に、ハイパフォーマーでなくとも「変化を楽しめる人」「失敗から学べる人材」は、組織の一員として長く貢献してくれる可能性があります。
そのために有効なのは、次のような視点での見極めです
- 過去の変化対応経験(異動・転職・プロジェクト切替など)の振り返り
- 予測困難な状況での判断力や行動スタイルのヒアリング
- 自己認識(ストレス耐性・価値観)に対する自発的な言語化能力
こうした“ソフトスキル”は書類では判断できませんが、面接での深堀りやアセスメントツールの導入によって、より精緻に測定することができます。
9-2. ジョブ・クラフティングとキャリア支援の重要性
入社後の育成設計において、もはや「画一的な研修」や「放置型OJT」は時代遅れです。今後重要になるのは、個々人の強みや志向に応じて仕事を“再設計”しながら成長を促す「ジョブ・クラフティング(Job Crafting)」という考え方です。
これは、本人が自分の仕事をより意味のあるものに変えていくアプローチであり、以下のような施策と連動させることで効果を発揮します
- 上司と協働して業務を見直す「キャリア対話」の定期実施
- 希望するプロジェクトへの立候補制度
- 異なる部署や職種でのローテーション機会の提供
- 自主的な学習や越境経験を促すリソースの整備
これにより、優秀な人材は「組織が自分の成長に関心を持ってくれている」と実感でき、短期的な不満が生まれても離職に結びつきにくくなります。
Gyanmar & Achmad(2024)も、従業員の満足度を高めるリーダーの姿勢と環境整備が離職意向に大きく影響することを明らかにしています(https://doi.org/10.30738/md.v8i2.17314)。
9-3. 定着率だけで評価しない「動的な人材戦略」へ
これまで多くの企業では「定着率が高い=良い会社」という価値観が支配的でした。しかし、実際には定着率が高くても成長が止まっていたり、優秀な人が早期に辞めていたりする企業も存在します。
今後求められるのは、「定着率」ではなく「活躍率」「成長率」といった動的な指標で人材を評価するマネジメントです。たとえば
- 新人が1年後に自律的に動けるようになっているか
- ハイパフォーマーが新しい役割を得て成長しているか
- 離職した人の“理由”や“その後”を追跡・分析できているか
さらに、Tervo(2016)の研究でも示されているように、「人が仕事に合わせるのか」「仕事が人に合わせるのか」という構造的な問いに対して柔軟に対応できる組織は、変化の時代において人材競争力を維持しやすくなる(https://doi.org/10.22004/AG.ECON.244629)。
ポイント
未来の人材流出を防ぐ鍵は、採用時の見極め力、入社後の“個別最適”な育成設計、そして「定着させること」ではなく「活躍を引き出すこと」への発想転換にあります。これらを内在化した人材戦略を持つ企業こそが、優秀な人を“引き止める”のではなく“共に育つ関係”を築けるのです。
10. Q&A:よくある質問
ここでは、「優秀な人ほど転職するは本当か?」というテーマに関連して、多くの企業担当者やマネジメント層から寄せられる代表的な疑問を取り上げ、研究と実務の観点から丁寧に回答していきます。どの問いも、組織運営において本質的かつ実践的な視点を提供するものです。
10-1. 優秀な人が辞めるのは会社の責任ですか?
回答
一概に会社だけが原因とは言えませんが、多くの場合、組織側に要因があることが事実です。Bartolucciら(2011)の研究でも、優秀な人はより良い環境へと自然に移る傾向があるとされており(https://doi.org/10.2139/SSRN.2154322)、企業が提供する機会や環境が魅力的でない場合、その人材は積極的に外部へと流れていきます。
また、Retnowatiら(2023)の研究でも、評価制度や満足度が整備されていないことが転職意向に直結することが示されており、会社の仕組みや風土が影響しているケースは少なくありません。
10-2. 離職を防ぐには具体的に何を変えるべき?
回答
まずは「評価制度の透明性」と「キャリア支援の有無」を見直すことが重要です。Gyanmar & Achmad(2024)の研究では、上司のリーダーシップとキャリア支援の姿勢が、離職意向に明確な影響を与えるとされています(https://doi.org/10.30738/md.v8i2.17314)。
また、定期的な1on1ミーティングを通じて、従業員のモチベーションや将来像についての本音を引き出し、柔軟な配置や挑戦機会を提供するなど、「対話と行動の一体化」が必要です。企業文化・評価・人材育成の三位一体での改革が不可欠です。
10-3. 転職を前向きに受け入れる組織になるには?
回答
優秀な人材の転職は“損失”であると同時に“循環の一部”とも言えます。Lin & Huang(2021)の研究によれば、組織文化が学習志向であるほど、離職率は低く、また離職者が新たな関係者として組織と良好な関係を維持しやすい傾向にあります(https://doi.org/10.1108/IJM-08-2018-0281)。
離職をネガティブにとらえるのではなく、在籍中に最大の活躍ができるよう支援し、卒業後も「アルムナイ」として関係を継続する姿勢を持つことが、今後の持続的成長につながります。
10-4. 評価制度をどう変えれば納得感が出ますか?
回答
納得感を生む評価制度には「透明性」「頻度」「対話」の3つの軸が必要です。評価基準が曖昧であったり、年1回の評価で終わっていたりする場合、従業員は成果とのギャップを感じやすくなります。
以下のような仕組みが効果的です
- 目標設定と評価基準を期初に明示し、共有する
- 成果だけでなく行動・姿勢の定性評価も取り入れる
- 評価フィードバックは年2回以上、対話を中心に行う
- 昇進や報酬と連動する際の理由を可視化する
これにより、従業員は「自分のどこがどう評価されたのか」が理解でき、納得感と信頼感を持つようになります。
10-5. 定着率が高くてもハイパフォーマーが育たない理由とは?
回答
「辞めない」ことと「活躍している」ことはイコールではありません。定着率が高いだけでは、組織に安心感はあっても、挑戦意欲や成長実感が希薄な可能性があります。
Keller & Holland(1981)の研究によると、転職を通じて自己効力感や仕事満足度が向上する例も多く、逆に言えば、現職にとどまっていることで潜在能力を活かせていないケースもあるということです(https://doi.org/10.1177/001872678103401203)。
したがって、定着率と並行して「成長機会」「裁量の拡張」「学びの機会」を設計し、ハイパフォーマーが社内で“再定義され続ける存在”となるような環境をつくる必要があります。
ポイント
優秀な人材の離職には理由があります。そして、予防策や対話の機会を丁寧に積み重ねることで、定着だけでなく活躍へとつなげることが可能です。Q&Aを通じて見えてくるのは、制度や文化の問題を「個人のせい」にせず、組織が変わることで未来は拓ける、という事実です。
11. まとめ:優秀な人材の転職にどう向き合うべきか
「優秀な人ほど転職する」という言説は、決して噂や偶然の積み重ねではなく、実証研究に裏打ちされた事実でもあります。Bartolucciら(2011)の研究が示すように、優秀な人材は自然とより良い企業へと吸い寄せられる「ポジティブ・アソートマッチング」が起きており、これは経済合理性に基づいた、健全な労働市場の動きとも言えます(https://doi.org/10.2139/SSRN.2154322)。
しかし同時に、企業側にとっては厳しい現実でもあります。せっかく採用・育成した優秀な人材が、成長機会の不足、評価制度の不透明さ、上司との関係、カルチャーの不一致などを理由に次々と転職してしまえば、組織の基盤そのものが揺らいでしまいます。
本記事では、以下のような観点から、優秀な人材の転職行動の実態と企業が取るべき対策を整理してきました。
現代の転職は「ポジティブな選択」
かつての「転職=ネガティブ」の時代から一転し、今や転職は自己成長やキャリアの進化を求める前向きな選択肢となりました。特にハイパフォーマーにとって、環境が自分の成長と合致しなくなった瞬間こそが転機となり、自ら道を切り拓いていく動機となります。
優秀な人が辞める組織に共通する問題点
- 成果と評価の不一致
- 上司によるキャリア支援の欠如
- 学ばない・挑戦しない組織風土
- 自分の意見が通らないコミュニケーション環境
- 柔軟な働き方・裁量の欠如
これらは、いずれも「制度」「文化」「リーダーシップ」の構造的な課題であり、個人の努力だけでは変えられない要因です。優秀な人ほど、それを敏感に察知し、早期に次の一手を取る傾向にあります。
離職を防ぐカギは「内発的動機」に寄り添うこと
給与や待遇だけでは、優秀な人材は引き止められません。彼らは「自分の成長」「裁量ある仕事」「社会的意義のある貢献」に高い価値を置いています。つまり、離職防止のカギは「納得感」「成長機会」「意見を伝えられる環境」の3つに集約されるのです。
Lin & Huang(2021)の研究が示すように、心理的安全性と学習文化のある職場は、離職率を下げ、組織へのコミットメントを高める効果を持ちます(https://doi.org/10.1108/IJM-08-2018-0281)。
人材戦略は「定着率」から「活躍率」へ
Tervo(2016)が指摘するように、これからの時代は「人が仕事に合わせるのか、仕事が人に合わせるのか」が問われています(https://doi.org/10.22004/AG.ECON.244629)。企業側も一方的な管理ではなく、個々人の価値観・志向・ライフステージに柔軟に対応し、組織と個人がともに進化できる構造をつくる必要があります。
そのためには、以下のような視点で人事戦略を再構築すべきです
- 採用段階での適応力・志向性の深掘り
- 育成段階でのジョブ・クラフティング支援
- 定期的な対話とフィードバックを通じたエンゲージメント構築
- 離職の予兆を見逃さないピープルアナリティクスの導入
- 「出て行った人」との関係性を維持するアルムナイ戦略の実践
優秀な人材は「惹きつけ、育て、つなぎとめる」もの
重要なのは、優秀な人を「囲い込む」のではなく、「この組織で働き続けたい」と思ってもらえる環境を提供することです。彼らの能力を引き出すことは、企業全体の活性化や競争力強化にも直結します。
そのために必要なのは、制度の見直しだけではなく、マネジメントの意識変革、組織文化の再設計、そして現場レベルでの丁寧な対話です。
最後に
「優秀な人ほど転職する」は事実です。ただしそれは、企業が彼らの可能性を受け止めきれていないことの裏返しでもあります。だからこそ、企業は今こそ人材戦略を根本から見直し、単に“引き止める”のではなく、“成長と定着を両立させる環境”づくりに本気で取り組むべきなのです。
そうすれば、優秀な人材は「ここでなら本気になれる」と思い、自らの意志で“とどまる”という選択をしてくれるはずです。
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