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仕事で感情を切り離すのは逆効果?科学で解明する疲れない働き方のコツ7選

「感情を仕事に持ち込むな」「冷静に、感情を切り離して判断しろ」――
そんな言葉を聞いたことがある方は少なくないはずです。職場ではプロフェッショナルであることが求められ、そこに“感情”は不要だという空気が根強く残っています。しかし、本当にそれは正解なのでしょうか?

実は、感情を無理に切り離そうとする行為そのものが、心身に多大なストレスを与え、生産性や健康、職場の人間関係にまで悪影響を及ぼすことが、近年の心理学・組織行動学の研究から明らかになってきています。

2000年代以降、感情労働(Emotional Labour)や感情的不協和(Emotional Dissonance)といった概念が企業の現場でも注目され始めました。これらは、感情の抑制が従業員の「燃え尽き症候群(burnout)」や「離職意向」、「身体症状」にまで直結することを示すキーワードです。

たとえば、韓国で行われた大規模な疫学研究では、感情を職場で隠して働いている人の方が、アレルギー性鼻炎を発症するリスクが有意に高いという結果も出ています(Seok et al., 2016, https://doi.org/10.1620/TJEM.238.25)。

本記事では、そうした学術的な裏付けをベースに、「仕事で感情を切り離すことがなぜ逆効果なのか」「感情をどう扱えば“疲れない働き方”ができるのか」を多角的に解説していきます。

単なる感情論でも精神論でもありません。これは、科学的に裏付けられた“感情マネジメント”の技術です。感情を否定せず、うまく共存しながら、あなた自身の健やかさとパフォーマンスを守るための第一歩となる内容をお届けします。

この記事は以下のような人におすすめ!

  • 仕事中に感情を表に出せず、つい抑えてしまう
  • 「感情を切り離せ」と言われるが、それがしんどい
  • 職場で感情を出すのが「甘え」だと感じている
  • 感情労働に限界を感じているが、逃げ場がない
  • 健康的に働き続けるために、感情との付き合い方を見直したい

 目次 CONTENTS

1. 感情を切り離せば“冷静”になれる?その発想の落とし穴

仕事の場では「感情を交えず、冷静に判断しろ」といった言葉がよく聞かれます。一見、理性的でプロフェッショナルな姿勢のように思えますが、果たして本当にそうでしょうか?
実際には、この“感情を切り離す”という発想が、思わぬストレスや誤解、非効率な働き方を招いていることが近年の研究で明らかになっています。

1-1. 「仕事は感情を抜くべき」はいつから常識になったのか

私たちが“感情を排除すべき”と考えるようになった背景には、20世紀に広まった「合理主義的な組織観」があります。つまり、感情は非合理で、職場に持ち込むべきではないという価値観が、経営管理の常識として根付いてしまったのです。

心理学者のNeal Ashkanasyらは、現代の職場が「冷静・合理的であるべき」という幻想にとらわれてきたことを問題視しています。実際には、人は感情と共に働き、感情が意思決定や対人関係に大きな影響を与えると彼らは述べています(Ashkanasy, Zerbe, & Härtel, 2002, https://doi.org/10.4324/9781315290812-8)。

この誤った前提が今なお企業文化の根底に残り、従業員の苦悩の原因となっているのです。

1-2. なぜ“感情的”になることが悪いとされるのか

感情的になることを「理性を失うこと」だと捉える人は少なくありません。実際、怒りや悲しみをあらわにする人に対して、「感情に振り回されている」と見下すような風潮も存在します。

しかし、感情とはそもそも情報の一部であり、思考の補助装置でもあるのです。怒りは「何かが不当である」と知らせてくれる信号であり、悲しみは「今は立ち止まるべき」と教えてくれます。つまり、感情を感じ取ることで、私たちは状況を正しく把握し、対処することができるのです。

実際、感情を完全に排除しようとすることで、むしろ判断力や人間関係の質が損なわれるケースもあります。

1-3. 無表情・無反応の弊害──人間関係・評価にも影響

感情を押し殺して無表情で仕事をしていると、「冷たい人」「やる気がない人」と誤解されるリスクがあります。特にチームで働く場合、表情や声のトーンなどの非言語コミュニケーションは、信頼関係の構築に不可欠です。

リーダーの感情表現に関する研究でも、興味深い結果が出ています。怒りを適切に示すリーダーは、有能で力強く見られやすく、部下を鼓舞する効果があるとされているのです(Hess, 2003, https://ideas.repec.org/p/ess/wpaper/id2355.html)。一方で、何を考えているか分からないリーダーは、メンバーのモチベーションを下げてしまいます。

つまり、感情をまったく出さないということは、職場で不利に働くことさえあるのです。

ポイント

  1. 「感情を切り離すべき」という価値観は、20世紀の古い合理主義に由来している。
  2. 感情は思考を補助する“情報”であり、判断を助ける働きを持つ。
  3. 無表情や無反応は人間関係を悪化させ、リーダーシップにも悪影響を与える。
  4. 感情を適切に扱うことは、むしろ職場での信頼やパフォーマンスに直結する。

2. 職場での感情がもたらす本当の効果とは?

仕事の場で感情は邪魔だとされがちですが、果たしてそれは本当に「非効率」なのでしょうか。実際の研究や職場調査では、感情を適切に活かすことで、チームの成果、創造性、協調性が向上することが報告されています。さらに、ネガティブな感情も含め、職場での感情には深い意味と可能性があるのです。

2-1. ポジティブ感情が創造性・協調性・成果に与える影響

まず注目すべきは、ポジティブな感情が生産性を押し上げるという事実です。笑顔、感謝、安心、やる気といった感情は、脳の柔軟性や協調行動を促進することが分かっています。

心理学者Barbara Fredricksonは「拡張‐構築理論(Broaden-and-Build Theory)」で、ポジティブな感情は視野を広げ、新しいアイデアや柔軟な発想を生み出す基盤になると主張しました(Fredrickson, 2001, https://doi.org/10.1037/0003-066X.56.3.218)。

また、Ursula Hessの研究でも、ポジティブ感情は創造性を高め、助け合いを促進し、攻撃性を抑える効果があるとされています(Hess, 2003, https://ideas.repec.org/p/ess/wpaper/id2355.html)。

単なる気分の良し悪しにとどまらず、ポジティブな感情は、組織の成果と密接につながっているのです。

2-2. ネガティブ感情も味方になる──怒りがモチベーションに?

「怒り」や「悲しみ」など、ネガティブな感情は避けるべきものと思われがちですが、すべてが悪影響というわけではありません。

怒りはたしかに扱いを間違えば攻撃的になりますが、問題の核心を突き、改善への行動を引き起こす“動機づけ”にもなりうるのです。実際、リーダーが状況に応じて適度な怒りを示すと、「問題意識がある」「真剣に向き合っている」と部下に評価されることも多いとされています(Hess, 2003, https://ideas.repec.org/p/ess/wpaper/id2355.html)。

また、悲しみは喪失や挫折を受け止め、内省や価値の再構築を促す働きがあります。つまり、ネガティブな感情も、組織や個人が成長するきっかけになり得るのです。

2-3. 感情が職場の空気やパフォーマンスを左右する仕組み

感情は、個人だけでなく職場全体の「空気」や「文化」も形成する重要な要素です。笑顔が多いオフィスと、沈黙や苛立ちが充満しているオフィスとでは、同じ業務をしていてもパフォーマンスには大きな差が出るのは明らかです。

特にリーダーの感情が、組織の士気に与える影響は計り知れません。リーダー自身が感情に無関心だったり抑え込んでいると、部下も安心して感情を出せず、結果的に緊張感や遠慮が常態化し、自由な発言ができなくなるのです。

このような“感情的な気候(Emotional Climate)”が悪化すると、イノベーションの停滞や離職率の上昇にも直結します(Ashkanasy et al., 2002, https://doi.org/10.4324/9781315290812-8)。

感情は「職場の空気」そのもの。つまり、感情の扱い方が、組織の成果を左右しているといっても過言ではありません。

ポイント

  1. ポジティブな感情は創造性や協調性、生産性を高める。
  2. 怒りや悲しみなどのネガティブ感情も、扱い方次第で行動や変革のエネルギーになる。
  3. 感情は個人だけでなく組織全体の「空気」や文化を形づくる力を持つ。
  4. リーダーや職場環境が感情にどう向き合うかで、パフォーマンスが大きく左右される。

3. 感情を抑えることの代償──“我慢”はストレスの温床

「感情を職場に持ち込んではいけない」「気持ちに振り回されるな」――こうしたメッセージに従い、私たちは日々、怒りや悲しみ、不安を押し殺して働いています。しかし、感情を抑えるという“努力”そのものが、ストレスの最大の原因になっているという事実をご存じでしょうか。

抑え込んだ感情は、見えないところで私たちの心と体に負荷をかけ、やがて深刻な影響を及ぼします。ここでは、そのメカニズムを科学的にひも解いていきます。

3-1. 抑圧された感情はどこへ行く?感情的不協和とは

感情を外に出せないまま、内心ではモヤモヤした気持ちを抱えている――このような状態は「感情的不協和(Emotional Dissonance)」と呼ばれます。
これは、感じていることと、表現しなければならないことがズレている状態です。

たとえば、クレーム対応中に「理不尽だ」と感じていても笑顔を保たねばならない、内心では不安でも自信満々な態度を演じなければならない……。こうした「演技」が積み重なると、感情の摩擦によって心に大きな負担が生まれるのです。

Hochschild(1983)が提唱した「感情労働(Emotional Labour)」の研究では、この不協和こそが従業員の疲弊や離職、バーンアウト(燃え尽き症候群)の引き金になるとされています(Hochschild, 1983, ※再収録はVikan, 2017, https://doi.org/10.1007/978-3-319-52313-2_10)。

抑えた感情は消えてなくなるわけではありません。むしろ蓄積し、やがてメンタル面の問題や身体症状へと転化していくのです。

3-2. 「何もしてないのに疲れる」の正体は“感情疲労”かも

「今日は体力的にはたいしたことしていないのに、ものすごく疲れた」
「週明けの朝、会社に行くだけでぐったりする」
このような状態を感じたことはないでしょうか?

それは、“感情を抑えること自体がエネルギーを消耗する作業”だからです。感情の自己制御は脳の前頭前皮質が司っており、意思決定や集中力と同じ“認知資源”を使うことが知られています。

つまり、怒りや不安を我慢しながら働くという行為は、見えないところで脳を消耗させ続けているのです。

この「感情疲労」が蓄積すると、無気力・思考停止・人間関係の回避といった状態に至りやすくなります。結果的に、パフォーマンスが下がるだけでなく、自分らしさや働く意欲そのものが奪われてしまうのです。

3-3. 科学で裏付け──感情の抑制と健康リスク(鼻炎・免疫低下)

感情を抑えることは、心の問題だけでなく、体にも確実に悪影響を与えることが分かっています。

韓国で実施された約8,300人を対象とする疫学調査では、「職場で感情を隠して働く人は、そうでない人に比べてアレルギー性鼻炎の発症率が有意に高い」という結果が出ました(Seok et al., 2016, https://doi.org/10.1620/TJEM.238.25)。

感情を抑え続けることで、交感神経が過剰に優位になり、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌が増加します。これが免疫機能を抑制し、炎症反応やアレルギー症状を引き起こすのです。

また、抑うつ、頭痛、消化不良、肩こりといった不定愁訴の背景に感情の抑制があるケースも報告されています(Mann, 1997, https://doi.org/10.1108/01437739710156231)。

「感情は見えないから無視していい」
――その考えが、知らず知らずのうちに身体レベルの不調を生み出しているのです。

ポイント

  1. 感情を抑えることで「感情的不協和」が生まれ、心理的疲労やバーンアウトを招く。
  2. 感情を抑える行為は“脳のリソース”を消費し、無気力や集中力の低下につながる。
  3. 感情の抑圧は、免疫低下やアレルギー症状のリスクを高める科学的根拠がある。
  4. 見えない“感情の我慢”こそが、最も見過ごされやすいストレス源となる。

4. 「感情労働」という見えないプレッシャーに気づく

あなたが「いつも笑顔で」「ムッとしないように」「落ち着いて冷静に」いようと心がけているなら、それは立派な努力ですが、同時に“感情労働”を強いられている状態とも言えます。
感情労働とは、職務の一環として「感情をコントロールし、ふるまうこと」を求められる行為のこと。これは単なるマナーや愛想の問題ではなく、心理的コストを伴う“労働”なのです。

4-1. 笑顔を求められる職場の裏側──無理な演技の危うさ

接客業、営業、医療、教育、サービス業など、多くの現場で「笑顔で対応すること」は業務の一部として当然視されています。
しかし、自分の本音と異なる感情を演じ続けることは、想像以上に心のエネルギーを消耗します。

たとえば、理不尽なクレームに対して怒りや困惑を抱えながらも、「笑顔で謝罪」を求められると、内心とのギャップが拡大します。これは前章で述べた感情的不協和を悪化させる最大の要因です。

心理学者Sandi Mannは、これを「組織内で規定された感情表現の強制」と定義し、感情の抑制と演技が燃え尽きやうつ病のリスクを高めると警鐘を鳴らしました(Mann, 1997, https://doi.org/10.1108/01437739710156231)。

「いつも笑顔の裏側で泣いている」人が増えているのは、偶然ではありません。

4-2. サーフェスアクティングとディープアクティングの違い

感情労働には、表面だけを取り繕う「サーフェスアクティング(表層演技)」と、内面の感情自体をコントロールして整える「ディープアクティング(深層演技)」という2つのアプローチがあります。

サーフェスアクティングは「内心では不快だけど、とりあえず笑う」などの“偽りの感情”の演技。一方、ディープアクティングは「相手の立場を想像し、心からの共感や納得を生む」ことで、感情表現に本物の一貫性を持たせるものです。

研究では、サーフェスアクティングはストレスや離職率を高め、バーンアウトのリスクも上昇させる一方で、ディープアクティングは感情的不協和が少なく、自己効力感や満足度を高めることが分かっています(Grandey, 2003, 再掲 in Bono & Vey, 2005, https://doi.org/10.4324/9781410611895-23)。

感情を抑えるのではなく、感情に“意味”を与えて変える力こそ、感情労働の本質的な対処法です。

4-3. 感情労働が燃え尽き症候群を引き起こすメカニズム

感情労働は、身体的な労働よりも気づかれにくく、評価もされづらい傾向があります。しかしその代償は、“心のエネルギー”の枯渇というかたちで表面化します。

「バーンアウト(燃え尽き症候群)」とは、慢性的な情緒的疲労、仕事へのシニシズム、達成感の欠如といった症状を指します。WHOも2019年にこの症候群を「職業上のストレスに対する慢性的な反応」として認定しました。

そして、その主原因の一つが継続的な感情労働だとされています。
演技をし続け、自分を押し殺して働く日々は、自分の価値や感情そのものを見失わせるのです。

職場での「疲れ」は、単なる作業量や残業時間だけでなく、どれだけ“自分を抑え続けたか”という感情面の労働にも密接に関係しているのです。

ポイント

  1. 「笑顔で対応」「冷静なふるまい」は、業務の一部として感情をコントロールさせられている状態=感情労働である。
  2. 感情を表面上だけ取り繕う「サーフェスアクティング」は、心理的コストと健康リスクが大きい
  3. 感情そのものに意味づけし、内面から納得する「ディープアクティング」は比較的健康的な対応法である。
  4. 感情労働の蓄積は、燃え尽き症候群やメンタル不調の主要因になりうる。
  5. “見えない労働”としての感情労働を、組織も個人も適切に認識する必要がある。

5. 感情マネジメントとは?切り離すより“扱う”ことが鍵

「感情は職場に不要」「プロなら感情を押さえろ」――そのような思い込みが根強い中、感情を無視せず“マネジメント”するという新しいアプローチが注目されています

感情は排除するものではなく、扱うもの。適切に向き合い、整え、使いこなすことができれば、それは職場における強力なスキルになります。ここでは、感情と向き合うために重要な考え方と実践法を紹介します。

5-1. 感情のセルフラベリング──“今の気持ち”を言語化する習慣

感情マネジメントの第一歩は、「今、自分が何を感じているのかを認識すること」です。
これを心理学では「セルフラベリング(感情のラベリング)」と呼びます。

たとえば、「なんとなくイライラする」「モヤモヤする」と感じたとき、それを「不安」「怒り」「悔しさ」「悲しみ」などに具体的に分解し、言語化することで、感情の波に飲み込まれず、冷静に観察できるようになるのです。

このプロセスは、脳の扁桃体(感情の中心)と前頭前皮質(思考や制御を司る部位)との連携を強化する働きがあります。実際、感情を言葉にするだけでストレス反応が軽減するという研究結果もあります(Lieberman et al., 2007, https://doi.org/10.1016/j.neuroimage.2007.02.047)。

自分の感情にラベルを貼ることは、コントロールの第一歩。無自覚な“感情疲労”を減らす最もシンプルな習慣です。

5-2. リーダーが育むべき「エモーショナル・ナビゲーション」力

個人の感情マネジメントだけでなく、チームや組織全体の感情をどう舵取りするかという視点も欠かせません。

ここで求められるのが「エモーショナル・ナビゲーション」というリーダーシップスキルです。
これは、他者の感情に気づき、共感し、適切に反応しながら、集団を前進させる力を指します。

たとえば、部下の不安を察知し、正面から向き合うこと。チームが落ち込んでいるときに、希望を持てる方向性を示すこと。これらはすべて、感情に対してリーダーが責任を持ち、導く姿勢の表れです。

感情ナビゲーションを実践できるリーダーは、部下から「信頼できる」「安心して話せる」「モチベーションが上がる」と評価されやすく、結果としてパフォーマンスとエンゲージメントが高まる傾向にあります(Ginsberg & Davies, 2007)。

つまり、感情を扱えることは“共感力の高い人”の特権ではなく、組織を動かすリーダーに不可欠な力なのです。

5-3. 感情を可視化することでストレスを減らせる理由

感情は目に見えませんが、見えるかたちで「整理」することで、圧倒的に扱いやすくなるという特徴があります。

たとえば、「エモーショナル・ログ」と呼ばれる手法では、1日の終わりに「今日感じた感情」「そのときの状況」「自分がどう反応したか」を簡単に書き出します。
たった数行でも、これを習慣化することで、感情の“クセ”やストレスのパターンが浮き彫りになります

また、ビジュアル化された感情マップ(Emotion Wheelや感情グラフ)を使うことで、他者との共有やチーム内の感情状態の把握にもつながります。

このように感情を見えるかたちで扱うことは、曖昧な不安や怒りを分解し、対処可能な“課題”として再構築する作業とも言えるのです。

職場では、「話すことができない感情」が溜まりがちですが、それを文字や図にするだけでも、ストレス軽減・問題の早期発見につながる有効な方法です。

ポイント

  1. 感情マネジメントの基本は「感情を否定するのではなく、言語化して認識すること」。
  2. リーダーに求められるのは「感情に気づき、適切に導く力=エモーショナル・ナビゲーション」。
  3. 感情を記録・可視化することで、自分自身のストレスや反応パターンを整理できる。
  4. 感情マネジメントは、職場での信頼構築やメンタルの安定に直結する「再現可能な技術」である。

6. 感情と“見えないバイアス”──ジェンダー・多様性との関係

感情はすべての人に備わっている普遍的なものですが、その「表現」や「受け止められ方」は、ジェンダーや文化によって大きく異なるという現実があります。
これは、職場における感情マネジメントを語る上で、絶対に見逃してはいけない要素です。

“感情を抑えろ”“感情を出すな”という指導が、誰にどんな影響を与えているのか──その背後には、ジェンダーバイアスや文化的な偏見が潜んでいることがあります。

6-1. 男性の怒りは「正義」、女性の怒りは「ヒステリー」?

職場において、「怒り」を表現する場面は少なくありません。しかし、同じ怒りの表現でも、性別によって評価が180度異なることがあるとしたらどうでしょうか?

たとえば、ある男性上司が部下の不始末に対して怒ったとします。その場にいた人たちは「リーダーシップがある」「情熱を感じる」とポジティブに受け取るかもしれません。
一方、同じような怒りを女性上司が示した場合、「感情的だ」「ヒステリック」と否定的にとらえられる可能性が高いのです。

これは、Hess(2003)の研究でも指摘されており、怒りは男性にとって“力強さの表現”と見なされる一方で、女性には“不安定さの表れ”と受け取られやすい傾向があると報告されています(Hess, 2003, https://ideas.repec.org/p/ess/wpaper/id2355.html)。

こうしたバイアスは、感情表現の自由を奪い、不公平な評価を助長し、結果としてキャリア形成にも悪影響を与えます。

6-2. 感情表現の評価に潜む文化・性差のギャップ

性別だけでなく、文化的背景によっても「どの感情が受け入れられやすいか」は異なります

たとえば、アジア圏では「控えめな感情表現」が美徳とされる一方、欧米圏では「率直な表現」「情熱のある語り」が評価されがちです。
そのため、グローバルな職場環境では、感情表現のスタイルが誤解を生みやすく、評価に不均衡が生じることがあります。

研究によれば、異なる文化的出自を持つ従業員が同じように感情を示したとしても、上司や同僚の“感受性フィルター”によってその意味は異なる形で解釈される傾向があります(Vikan, 2017, https://doi.org/10.1007/978-3-319-52313-2_10)。

これは単なる「表現の違い」ではなく、人事評価、信頼関係、組織内での発言力にも影響する重大な要素です。

6-3. 多様な感情価値観を持つ組織こそ、持続性が高い

感情の扱い方に絶対的な「正解」はありません。だからこそ、多様な価値観を受け入れる組織こそが、柔軟で持続可能な職場を実現できるといえます。

現代の組織に求められているのは、「感情を出さないこと」ではなく、「多様な感情の出し方を認め合う文化」です。
そのためには、上司や同僚が「どう感じたか」「なぜそう表現したのか」に関心を持ち、決めつけや偏見ではなく“対話”を重ねる姿勢が不可欠です。

また、組織としても、感情を軸にした研修やフィードバックのあり方を見直す必要があります。
たとえば、感情表現のジェンダー差を認識するワークショップや、異文化間コミュニケーション研修などが効果的です。

最終的に、個人の多様な「感情リテラシー」を活かせる環境をつくることが、組織の競争力にもつながるのです。

ポイント

  1. 同じ感情表現でも、男性と女性で受け取られ方が大きく異なるバイアスがある。
  2. 感情表現には文化的背景も強く影響し、国際的・多文化的な職場では誤解の原因になる
  3. 感情の出し方を一律に評価するのではなく、多様なスタイルを受け入れる土壌が必要
  4. 「感情を切り離す」よりも、「多様な感情をどう受け止めるか」が、これからの組織には求められる。

7. なぜ“感情を出せる職場”の方が健康的で成果も上がるのか

「職場で感情を出すのは甘え」
「感情を表に出すと損をする」
そう信じて我慢してきた人ほど、心も体も疲れきってしまうのは不思議ではありません。
近年の研究では、感情を健全に表現できる職場こそ、従業員の幸福度・健康・生産性すべてに良い影響を与えることが明らかになっています。

ここでは、感情を出すことがなぜ「戦略的」にも優れているのか、科学的根拠に基づいて解説します。

7-1. ストレスホルモンとパフォーマンスの因果関係

感情を抑え込むと、私たちの身体は無意識に“ストレス反応”を起こします。特にコルチゾールというストレスホルモンは、怒りや不安、緊張などの感情を我慢することで大量に分泌されます。

コルチゾールが慢性的に高い状態になると、次のような問題が発生します

  • 集中力や記憶力の低下
  • 免疫力の低下(風邪やアレルギーにかかりやすくなる)
  • 睡眠障害や疲労感の慢性化
  • インスリン抵抗性の上昇(糖尿病リスク)

Seokらの研究(2016)でも、職場で感情を隠す人は、アレルギー性鼻炎を発症するリスクが1.3倍以上高いとされ、感情の抑制が身体の不調に直結していることが示されています(Seok et al., 2016, https://doi.org/10.1620/TJEM.238.25)。

つまり、感情を無理に押し殺すことは、パフォーマンス低下と健康リスクを同時に引き起こすのです。

7-2. 感情の抑圧が身体症状として現れるメカニズム

「頭痛」「肩こり」「胃の不調」「疲れが取れない」――
これらの“原因不明の不調”の多くは、実は感情の抑圧に由来している可能性があります。

臨床心理学では、こうした症状を「身体化(somatization)」と呼びます。つまり、本来は心の問題である感情の抑圧が、身体症状として表に出てきているのです。

Mann(1997)は、企業組織における感情抑圧の長期的な影響として、消化不良、慢性疲労、皮膚炎、自律神経失調症などとの関連を指摘しています(Mann, 1997, https://doi.org/10.1108/01437739710156231)。

とくに女性や感受性の高い人は、社会的な役割や期待から「感情を抑えること」に慣れすぎており、自分の体調不良の原因が“感情”であると気づきにくい傾向があります。

心と体はつながっている――だからこそ、感情を“出せる場所”があるかどうかは、健康のバロメーターなのです。

7-3. 組織全体が感情を受容する文化を築く意義

個人が感情を出しやすいだけでは不十分です。組織全体として、感情を受容し、価値あるものとして扱う文化を築くことが、本当の意味で「感情が活きる職場」を作ります。

たとえば

  • 上司が「怒り」や「落胆」をオープンに共有しつつ、冷静に対処する
  • 同僚同士が「今つらい」「ちょっとしんどい」を気軽に口にできる
  • 意見のぶつかり合いが「衝突」ではなく「対話」として受け入れられる

これらの職場環境では、心理的安全性が高まり、従業員が率直な意見を言いやすくなり、結果として生産性・創造性・定着率も向上することが研究から分かっています(Ashkanasy et al., 2002, https://doi.org/10.4324/9781315290812-8)。

「感情を持ってはいけない」ではなく、
「感情を使いこなす組織であること」が、今後の企業価値を決めるカギです。

ポイント

  1. 感情を抑えると、コルチゾールの分泌が増え、集中力・免疫・睡眠などに悪影響を及ぼす
  2. 感情を表現できない職場では、身体的な不調(頭痛・胃腸トラブルなど)として影響が出る
  3. 「感情を受け止め合える職場文化」が、心理的安全性と業績向上の両方を支える。
  4. 健康的かつ成果の出る職場にするには、個人だけでなく組織全体の“感情観”の見直しが不可欠である。

8. 疲れない働き方のコツ7選──“感情とうまく付き合う”実践編

感情は消すものではなく、うまく付き合い、流れを整えていくもの。
ここでは、今日から実践できる「疲れない働き方」のコツを7つ紹介します。ポイントは、感情を否定せず、正しく扱うことでストレスを減らすという視点です。

8-1. 感情を否定しない:「認めること」から始める

疲れない働き方の第一歩は、「感情を感じること」を許すことです。
「イライラしてはダメ」「落ち込んじゃダメ」と、感情を否定してしまうと、無意識にそれを抑圧してしまい、ストレスの蓄積につながります。

まずは、ネガティブな感情が出てきたときに、「私は今、怒っているな」「不安なんだな」とラベルをつけてあげること
これが「セルフラベリング」であり、感情と距離を取る有効な手法です。

このプロセスには、神経科学的にも根拠があります。感情を言語化するだけで、扁桃体(感情の中心)の過活動が抑えられ、前頭前皮質による感情制御が働きやすくなることが分かっています(Lieberman et al., 2007, https://doi.org/10.1016/j.neuroimage.2007.02.047)。

感情は敵ではなく、「あなたの状態を知らせるセンサー」です。まずは受け入れることから始めてみましょう。

8-2. 仕事モードのON/OFFを作るルーチンの活用

特に在宅勤務やフレックスタイム制など、働き方が柔軟になった現代では、「仕事モード」と「プライベートモード」の切り替えがあいまいになりがちです。
その結果、感情的な緊張が常に持続し、慢性的な疲労や不調を引き起こしてしまいます。

このような状態を防ぐには、意識的に感情のON/OFFスイッチを作ることが有効です。
たとえば

  • 出社前に短い瞑想や呼吸法を取り入れる
  • 仕事終わりに「お疲れ様です」と自分に声をかけてPCを閉じる
  • 特定の香りや音楽で“切り替えモード”を演出する

こうしたルーチンは、自律神経系に働きかけ、交感神経から副交感神経への移行をスムーズにする効果があります。
言い換えれば、感情を「区切る」ことで、疲労を蓄積しない体と心の習慣が作れるのです。

感情のスイッチは意志だけではなく、「行動」で切り替える。それが、長く健やかに働き続けるための鍵となります。

8-3. 職場で共感を生む小さな声かけ習慣

感情は自分の中で処理しきれないとき、誰かとの共有によって解放されることがあります。
特に職場では、「業務効率」や「正解」にばかり意識が向きがちですが、ちょっとした共感や気遣いの言葉が、感情のケアに大きな効果をもたらします

たとえば

  • 「それ、大変だったね」
  • 「分かる、私も似たような経験あるよ」
  • 「何かあった?」

このような短い一言が、“感情を出していい場”だという安心感を生み、職場の心理的安全性を高めます

アメリカの企業では、「エモーショナル・チェックイン(感情の共有タイム)」を朝会の冒頭に数分だけ取り入れている例もあります。これは、共感ベースのコミュニケーションが生産性やチームの一体感にプラスの影響を与えるという認識があるからです(Ashkanasy et al., 2002, https://doi.org/10.4324/9781315290812-8)。

仕事とは直接関係ない“感情のやりとり”を軽視しない。それが疲労の蓄積を防ぐ「感情の循環」を生み出します。

8-4. 「感情の回復時間」を意識した休息法

現代のビジネスパーソンは、身体の疲れ以上に「感情の疲労」によってパフォーマンスを落としているケースが多くあります。
にもかかわらず、休憩=肉体の休息と考えがちで、「気持ちのリセット」は置き去りにされてしまいがちです。

疲れない働き方を実践するには、感情の“回復時間”を意識した休息が不可欠です。
単に椅子に座ってスマホを眺めるのではなく、「感情的な開放」や「内省」にあてる時間を取りましょう。

有効な方法の例

  • 自然のある場所を散歩して、気持ちを整える
  • 手帳やメモに今の感情を数行だけ書き出す
  • 人と話して気持ちを共有し、言語化する
  • 好きな音楽や香りで、自分を“感情的に”癒す時間を確保する

脳科学では、これを「リカバリー・ブレイク(回復のための休息)」と呼び、短時間でも感情疲労の軽減に極めて有効だとされています(Sonnentag & Fritz, 2007)。

休息とは「肉体を止めること」だけでなく、「感情を回復させること」だという認識を持つことが、真の意味で“疲れない”働き方を可能にします。

8-5. 話せる相手・聞いてくれる人を持つ

どんなにセルフマネジメントを頑張っても、人は感情の波から完全には逃れられません。だからこそ、定期的に感情を吐き出し、共感してくれる相手の存在が極めて重要です。

これは、いわば“感情の安全弁”のようなもの。心の中に溜まり続けるストレスや怒りを、信頼できる誰かに言葉として出せることが、感情を整理する最大の手段となります。

この相手は、職場の同僚でも、家族でも、カウンセラーでもかまいません。重要なのは、「ジャッジせずに話を聴いてくれる」存在であることです。

研究でも、感情的な支援(emotional support)を定期的に受けている人は、バーンアウト率やうつ症状の発生率が低いことが明らかにされています(Ginsberg & Davies, 2007)。

孤独な感情の処理ほど、エネルギーを消耗するものはありません。だからこそ、「1人で抱えない」環境を自分の周囲に意識的に作ることが、疲れない働き方への大きな布石になります。

8-6. 書いて整理する「エモーショナル・ログ」のすすめ

感情は、頭の中で考えているうちはどんどん膨らみ、曖昧さを増していくものです。
しかし、それを紙に書き出すだけで、驚くほど客観的に自分の状態を整理できるようになります。

この「エモーショナル・ログ(感情ログ)」は、毎日の感情を記録し、振り返ることでストレスパターンの可視化感情のセルフマネジメント力向上につながる手法です。

書く内容はシンプルで構いません

  • 今日感じた主な感情(例:焦り、安心、怒りなど)
  • その感情が生じたきっかけ(例:会議でのやりとり)
  • 自分の反応(例:何も言えずに引き下がった)
  • 今の気分やエネルギーレベル

これを日常的に続けることで、「自分はこの場面で怒りやすい」「この人と話すと疲れる」など、感情のトリガーや傾向が見えてくるようになります。

さらに、心理学的にも感情を書き出すことは、脳内での意味付けと感情処理をスムーズにし、ストレスを軽減する効果があると証明されています(Pennebaker & Seagal, 1999, https://doi.org/10.1037/0033-2909.126.5.748)。

思考と感情を切り離して冷静に眺めることができる――それが「書くこと」の最大の効用です。

8-7. 自分に合った感情との距離の取り方を見つける

「感情とうまく付き合う」と一言でいっても、そのやり方は人それぞれです。
大切なのは、自分にとって無理のない“感情との距離感”を見つけることです。

たとえば、感情をその場で表に出したほうがスッキリする人もいれば、一度クールダウンしてから話すことで納得できる人もいます。
「すぐに言葉にする」「一晩寝かせる」「一度書き出してみる」――どれも立派な感情マネジメントです。

また、同じ人でも日によって気分や心の余裕は異なります。つまり、その時々で柔軟に「今の自分に合った感情処理法」を選べることが、疲労の蓄積を防ぐコツとなります。

重要なのは、「感情をすぐに切り離す」「感情的になる自分を責める」といった極端な考えに陥らないこと。
自分の感情を“敵”ではなく“伴走者”として捉える視点こそ、長く健康的に働き続けるための土台となるのです。

ポイント

  1. 感情ログを書くことで、自分の感情のパターンを視覚化・整理できる。
  2. 書くこと自体に、心理的なストレス緩和・意味づけ効果があると実証されている。
  3. 「感情との付き合い方」は人それぞれ異なり、自分に合った距離感を柔軟に選ぶ力が重要。
  4. 感情は「切り離す」ものではなく、「対話しながら共に進む」相手として扱うことで、疲れにくい働き方が実現する。

9. Q&A:よくある質問

9-1. 感情を仕事に持ち込むとプロ意識が欠けると思われませんか?

いいえ、感情を持ち込むこと=プロ意識の欠如ではありません。むしろ、感情を認識し、適切にマネジメントできる人こそ「成熟したプロフェッショナル」と言えます。

ビジネスにおける感情は、意思決定や対人関係、創造性に強く関わります。
感情を押し殺して機械のように振る舞うよりも、“自分の感情が今どう動いているか”を把握しながら適切に対処する能力(エモーショナル・インテリジェンス)が、高い成果と信頼をもたらすことが科学的にも証明されています(Salovey & Mayer, 1990)。

9-2. 部下の感情にどう向き合えばいいか分からないのですが

部下の感情に対応する際の基本は、「評価」ではなく「理解」を心がけることです。
「気にしすぎじゃない?」「そんなの甘えだよ」などの言葉は、善意から出たとしても感情を否定されたと受け取られ、信頼を損なうリスクがあります。

まずは「それはつらかったね」「どう感じたの?」とその人の視点に立って聞く姿勢(共感的傾聴)を持つことが大切です。
リーダーには、感情を“処理”するのではなく、一緒に感じ、整理する伴走者であることが求められています。

9-3. 感情労働に耐えられず、転職すべきか悩んでいます

まず知っておいてほしいのは、感情労働に「耐えられない」あなたは、弱いのではなく「感受性が高い」という特性を持っているだけだということです。

感情を抑え続けて心身に異常が出るようであれば、無理をし続けるべきではありません。
ただし、転職が唯一の解決策とは限らず、「上司との相談」「職種変更」「勤務形態の見直し」など、感情労働を軽減する工夫を社内で探る道もあります。

それでも状況が変わらない場合は、専門機関への相談や転職も視野に入れて、「感情を大切にできる職場環境」へと一歩を踏み出すことをお勧めします。

9-4. 感情の出し方に男女差があるのは偏見じゃないですか?

「感情表現に性差がある」という事実は、偏見とは区別する必要があります。
実際に、社会的な期待や文化によって、男女の感情表現スタイルには一定の傾向が存在します(例:男性は怒りを、女性は悲しみを表出しやすい)。

ただし、問題なのはその「差」ではなく、「男だから怒っていい」「女だから泣くのは当たり前」などの固定観念で評価が左右されること」です。
重要なのは、「この人が“なぜその感情を出したか”」に目を向け、性別にかかわらず“感情に意味がある”と捉える姿勢を持つことです。

9-5. 感情を切り離した方が冷静に判断できるのでは?

たしかに、極度に感情的な状態では正確な判断ができない場合があります。
しかし、完全に感情を排除することが“冷静”であるとは限りません。

実際、感情は意思決定において非常に重要な役割を果たしており、“なぜこの判断をするのか”という直感や価値観に大きく影響を与えます

つまり、「感情に振り回されず、感情とともに判断する」ことが、成熟した冷静さ=エモーショナル・レギュレーション(感情調整力)につながるのです。
冷静さとは、感情を切り離すことではなく、「感情に気づいたうえで判断する力」だと言えるでしょう。

10. まとめ:感情を「なくす」のではなく「扱える」人が疲れない理由

「仕事だから感情を抑えるのが当然」
「感情を出すなんて甘え」
──そうした常識が、今、静かに見直され始めています。

これまでの章で見てきたように、感情を無理に切り離すことは、ストレスの蓄積、健康被害、パフォーマンス低下、そして人間関係の悪化を招くリスクがあります。
一方で、感情を正しく認識し、丁寧に扱う力は、冷静さ・創造性・信頼・持続力を生み出す源泉となります。

感情を「なくそう」とする限り、人は疲弊し続ける

感情は、不要なノイズではなく「自分の内側からの情報」です。
怒り、不安、悲しみといった感情は、何かが自分にとって大切だからこそ湧き起こっているもの。
それを押し込め、無視することは、自分の価値観や境界線までも否定することにつながります。

「我慢強さ」や「理性的であること」が称賛されがちな日本社会においては、感情の表現は未だに「弱さ」と結びつけられがちです。
しかし、研究が示すように、感情を認識し、調整し、共有する能力こそが、真の自己管理力であり、プロフェッショナリズムの一部なのです(Salovey & Mayer, 1990)。

“感情とともに働ける職場”は、人も組織も疲れにくい

本記事で紹介したように、セルフラベリングや感情ログ、感情回復の休息、共感的な職場文化などは、すべて「感情を扱う技術」として身につけられるものです。

さらに、組織が感情を「面倒なもの」として扱うのではなく、価値ある情報資源として活用し、支え合える文化を育むことが、健康経営や持続的成長にもつながると、複数の研究でも報告されています(Ashkanasy et al., 2002;Seok et al., 2016)。

疲れない人とは、感情がない人ではなく、感情とうまく共存する術を身につけた人です。
そして、そんな人が集まった職場こそ、最も柔軟で強い組織になっていくのです。

最後に

「感情を切り離す」か「感情とともに働く」か。
もし今、職場での感情に悩み疲れているなら、後者の選択肢に目を向けてみてください。

あなたの感じるその気持ちは、決して“無駄”でも“甘え”でもありません。
それは、あなたが何かを大切にしている証です。
そして、それを丁寧に扱う力は、あなた自身を、そして組織全体を守る最も確かな方法なのです。

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