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母性がない人の特徴とは?10の共通点を科学的に解説

「母性がないのかもしれない――」
そう感じたとき、誰もが少なからず罪悪感や不安にさいなまれるものです。「女性なら母性があるのが当然」「母親になれば自然と湧いてくる」といった社会通念が根強く残るなか、自分にそれが当てはまらないと気づいた瞬間、多くの人は葛藤します。

しかし近年の心理学や社会学の研究では、「母性」は生得的な本能ではなく、個人の経験・価値観・文化的背景に大きく影響される後天的な特性であることが示されています。つまり、母性が強いかどうかには「正解」も「異常」もなく、それぞれの生き方の一部として捉える視点が求められているのです。

たとえば、意識的に子どもを持たない選択をした女性たちに共通して見られる傾向として、「自己決定感の強さ」や「責任への慎重な向き合い方」、「他者からのスティグマに耐える力」などが挙げられます(Coelho, de Souza, & da Silva, 2020, https://doi.org/10.38034/NPS.V29I67.559)。これは母性の欠如ではなく、価値観の多様性の現れです。

さらに、親となっても母親を失った経験を持つ「母親のいない母親」たちが、独自のスタイルで母性を再定義している事例も報告されています。彼女たちは「母性とは何か」を自ら模索しながら、自身のアイデンティティを築いていく姿勢を持っています(Wulandari & Qonitatin, 2024, https://doi.org/10.4108/eai.24-7-2024.2354301)。

この記事では、「母性がない」と言われる人々の特徴を科学的・社会的観点から丁寧に解説します。母性の概念を一度リセットし、固定観念から自由になったところで、「自分らしく生きるとは何か」に向き合うヒントを得ていただければ幸いです。

この記事は以下のような人におすすめ!

  • 母性がないと感じて悩んでいる
  • 子どもを持たない人生を肯定したい
  • 周囲に「母性がない」と言われて傷ついたことがある
  • 母性とは何かを知りたい・再定義したい
  • 性別や出産にとらわれないケアの形を考えたい

 目次 CONTENTS

1. 母性がない人とは?まず知っておきたい基礎知識

「母性がない」と言われることは、時に人格の否定にも似た衝撃を伴います。しかしその言葉が指し示す意味は、極めてあいまいでありながら、文化や社会の価値観によって強く色づけられています。ここでは、「母性とは何か?」を改めて定義しなおし、誤解を解きながら、「母性がない人」とはどういった状態なのかを多角的に見ていきましょう。

1-1. 「母性」の定義と誤解されやすいポイント

一般的に「母性」とは、子どもに対する深い愛情や保護本能、献身的な態度を指すとされています。日本語の「母性本能」は英語で“maternal instinct”と訳されますが、この「本能」という言葉が持つ響きが、誤解の元になることもしばしばです。つまり、「誰もが生まれつき持っているはずのもの」として、母性が“自明の感情”と見なされがちなのです。

しかし、現代の心理学ではこの考え方に疑問が投げかけられています。心理学者のKozyreva(2022)は、意識的に子どもを持たない選択をする女性の多くが、むしろ高い共感性・対人スキル・自己制御能力を持っていることを示しており、従来型の母性像とは異なる形の「人を大切に思う心」が存在していると指摘しています(Kozyreva, 2022, https://doi.org/10.26425/1816-4277-2022-6-200-208)。

つまり、「子どもを欲しがらない」=「冷たい人」「自己中心的」というのは、あまりにも単純なラベリングです。

1-2. 本能ではなく、後天的に育つ母性

神経科学や発達心理学の観点からも、「母性は育つもの」とする立場が一般的になりつつあります。出産や育児によって脳の構造やホルモン分泌に変化が生じることで、母親としての反応や共感性が高まる現象が報告されており、それは必ずしも出産前から備わっているものではないことがわかっています。

WulandariとQonitatin(2024)の研究でも、母親を幼少期に失い、母性のロールモデルを持たない女性たちが、自ら情報を集め、支援を受けながら、独自の母親像を築いていく様子が描かれています(Wulandari & Qonitatin, 2024, https://doi.org/10.4108/eai.24-7-2024.2354301)。ここからも、母性が後天的な環境や学びの中で育まれるものであることがわかります。

この事実は、母性が「あるか/ないか」の二元論で語られるべきではないという重要な示唆を与えてくれます。

1-3. 「母性がない人」とはどういう状態なのか?

ここまでを踏まえると、「母性がない人」とは、実際には母性を持たないというよりも、「従来の定義に当てはまらない形で人間関係を築いている人」と捉える方が妥当です。たとえば、自ら子どもを持たない選択をする女性は、「子どもを産み育てること」以外に人生の充実や社会貢献の手段を見出していることが多くあります。

Coelhoら(2020)の研究では、意図的に子どもを持たないと決めた夫婦は、「職業的キャリアの追求」「責任の重さに対する慎重さ」「経済的安定への意識」といった動機を持ち、その判断に対して高い満足度を示していたと報告されています(Coelho, de Souza, & da Silva, 2020, https://doi.org/10.38034/NPS.V29I67.559)。

このような人々は、「他者のために生きる」という姿勢を持っていないわけではなく、ただその形が“子ども”に向いていないだけなのです。母性の有無を論じる前に、まず「どのような価値観で他者との関係性を築いているか」に目を向ける必要があります。

ポイント

  1. 「母性」は生得的な本能ではなく、環境や経験によって育つものと考えられている。
  2. 母性がない=冷たい・異常という見方は科学的根拠に乏しい。
  3. 子どもを持たない人にも、人間的な愛情や思いやりの形が存在する。
  4. 母性がないとされる人の多くは、別の価値観や人生観をもとに豊かに生きている。
  5. 母性を「育つもの」「表れ方は人それぞれのもの」と捉える視点が重要。

2. 科学で読み解く「母性がない人」の10の特徴

母性がある・ないという議論は、これまでしばしば感情や道徳的価値観で語られてきました。しかし、近年の社会科学や心理学の研究によって、「母性がない人」にはいくつかの共通した傾向が存在することが明らかになってきました。ここでは、科学的知見に基づいて、母性がないとされる人々に見られる10の特徴を順に解説していきます。

2-1. 子どもを望む気持ちが薄い

「子どもが欲しいと思ったことがない」と語る人は、しばしば「母性がない」と見なされがちです。実際、子どもを持たないことを意識的に選ぶ女性には、生物学的な本能としての生殖欲求が希薄であるケースも多くあります。しかしそれは、個体差の範囲内にある正常な心理的傾向であり、病的なものとは限りません。

Coelhoら(2020)の調査では、親になることへの欲求の欠如が、子どもを持たないことを選択する夫婦の主要な動機のひとつであると報告されています(Coelho, de Souza, & da Silva, 2020, https://doi.org/10.38034/NPS.V29I67.559)。このような選択は、育児に対する冷淡さというより、「自分の人生において子どもが必要でない」と感じているだけのことです。

また、Winda WulandariとNovi Qonitatin(2024)の研究でも、母親との関係が希薄だった女性たちが、子どもを持つことへの明確なイメージを持ちにくいと語る事例が多く見られました(Wulandari & Qonitatin, 2024, https://doi.org/10.4108/eai.24-7-2024.2354301)。

重要なのは、「子どもが欲しい」という感情もまた、個人の経験や文化的背景に大きく左右されるものであるという事実です。

2-2. 他者より自分の自由・自律を優先する

母性のイメージには、「自己犠牲」「他者への献身」といった要素が色濃く含まれています。そのため、自分の人生やキャリア、自由を優先する選択をする人は、しばしば「母性がない」と評価されがちです。しかしこれは、現代社会においては極めて合理的で健全な価値観の一つといえます。

Kozyreva(2022)は、子どもを持たないことを選ぶ女性には、「自己決定性」や「柔軟な思考」「社会的達成への欲求」が強く、人生の主導権を握ることに価値を置く傾向があると指摘しています(Kozyreva, 2022, https://doi.org/10.26425/1816-4277-2022-6-200-208)。

また、Portanti & Whitworth(2009)の研究では、子どもを持たなかった女性は、母親となった女性に比べて高い学歴を持ち、専門職に就く割合が多いことが示されており(Portanti & Whitworth, 2009, https://doi.org/10.1057/PT.2009.15)、これは自己実現の追求がライフスタイルの中心にあることを裏付けています。

自由を求める姿勢は「母性の欠如」ではなく、価値観の違いであり、むしろ現代的な生き方の一つとして社会的に評価されるべきものです。

2-3. 社会的成功やキャリアを重視

母性とキャリア志向は、対立する概念として語られることがあります。特に日本社会では、「家庭に入ること=女性の役割」といった古い価値観が根強く残っており、仕事を優先する女性は「母性に欠ける」と見なされる傾向すらあります。しかし実際には、キャリア志向の強さと母性の有無は本質的に関係がありません

心理学的視点から見ると、キャリア志向の女性は、目標達成欲求・自己効力感・社会的影響力に重きを置く性格特性を持っていることが多いとされます。Kozyreva(2022)の研究では、意識的に子どもを持たない女性の多くが「地位・達成・自立性」などの要素に強く動機づけられていると報告しています(Kozyreva, 2022, https://doi.org/10.26425/1816-4277-2022-6-200-208)。

また、Portanti & Whitworth(2009)のイギリスの縦断調査では、子どもを持たなかった女性の約42%が専門職や管理職についていたのに対し、母親で同様の職種に就いていたのは30%にとどまりました(Portanti & Whitworth, 2009, https://doi.org/10.1057/PT.2009.15)。これは、キャリア形成の過程で、出産や育児が選択肢から自然に外れる場合があることを示唆しています。

つまり、キャリアを重視する女性は、「母性がない」のではなく、「母になることが人生の目的ではない」と考えているだけなのです。こうした人生観は、今後さらに多様化する社会のなかで、理解されるべき価値の一つです。

2-4. 子育てへの責任や制約を避ける傾向

母性があるとされる人には、「子どもを育てる責任を引き受けたい」「他者の成長を支えたい」という意識が強く表れます。一方で、「子どもを持つことは、自分の自由・生活・精神的余裕を犠牲にすることだ」と考える人は、その重さから距離を置こうとする傾向があります。

Coelhoら(2020)の研究によると、子どもを持たないことを選んだカップルの多くが、「子育てには長期間にわたる深い責任が伴い、それが精神的・経済的な制約になる」と述べていました(Coelho, de Souza, & da Silva, 2020, https://doi.org/10.38034/NPS.V29I67.559)。これは無責任というより、「自分にその役割を担う準備がない、あるいは適さない」と冷静に判断している結果とも言えます。

さらに、社会福祉学の視点でも、子育てに必要な資源(時間・お金・心理的エネルギー)を自覚的に管理する姿勢は、むしろ成熟した判断力の現れと考えられています。責任を軽んじているのではなく、「責任の重大さを真剣に受け止めているからこそ」慎重になるというケースも少なくありません。

このように、「責任を避ける傾向」があるからといって、それを即座に「母性の欠如」と断じるのは適切ではありません。

2-5. 感情表現が理性的または抑制的

母性的とされる人には、「感情豊か」「包容力がある」「共感的」といった特徴が挙げられます。その反対に、「感情を表に出さない」「冷静で論理的」「距離感を保つ」といった性質を持つ人は、しばしば「母性に欠ける」と評価されがちです。

しかし、感情表現のスタイルは文化的・個人的要因に大きく左右されるものであり、それが「愛情の有無」とは直結しません。Kozyreva(2022)の研究では、子どもを持たない女性の多くが、共感性や社会性を備えながらも、自制的・内省的なコミュニケーションスタイルを好む傾向があると示されています(Kozyreva, 2022, https://doi.org/10.26425/1816-4277-2022-6-200-208)。

つまり、「表に出ない感情=存在しない感情」ではありません。むしろ、感情のコントロールがうまく、自分自身や他人に対してバランスよく接することができるという側面もあるのです。

また、精神衛生の観点からも、冷静さや感情の抑制力はストレス耐性と関連しており、育児においても重要な資質となり得ることが指摘されています。したがって、理性的で抑制的な性格傾向があるからといって、それを「母性がない」とみなすのは誤った評価と言えるでしょう。

2-6. パートナーとの関係に満足している

「母性がない人」とされる女性の中には、パートナーとの関係に深い満足を感じており、その関係性だけで自己充足しているケースも多く存在します。これは、必ずしも自己中心的というわけではなく、「自分にとっての最適な愛の形が子どもではない」という価値観を表しています。

Coelhoら(2020)は、意識的に子どもを持たないカップルの婚姻関係の特徴について調査を行い、全体として高い満足度を示していることを明らかにしました。彼らは「子どもがいないからこそ、夫婦の絆や相互理解が深まった」と語ることが多く、親密な関係を維持するために「あえて子どもを持たない」選択をしたというケースも報告されています(Coelho, de Souza, & da Silva, 2020, https://doi.org/10.38034/NPS.V29I67.559)。

このような関係性は、伝統的な家族観とは異なるものの、情緒的に成熟し、パートナーとの対話や支え合いを重視する新しい愛のかたちともいえるでしょう。母性の有無を、パートナー以外への愛情の量や種類で測るのは、実は非常に一面的な見方なのです。

2-7. 幼少期の母親不在や関係性の希薄さ

母性が育つ土台には、自身が育った家庭環境が大きく影響していることが知られています。特に母親との関係性や愛着体験が乏しかった人は、「母性とは何か」を内在的に理解しにくくなることがあります。

WulandariとQonitatin(2024)は、「母親のいない母親」──すなわち幼少期に母を亡くしたり、母との関係が極端に薄かった女性──が、母性という役割に適応するうえで非常に独特な苦労を抱えていることを報告しています(Wulandari & Qonitatin, 2024, https://doi.org/10.4108/eai.24-7-2024.2354301)。

彼女たちは、母性のモデルが存在しない中で、自分自身の子育てスタイルをゼロから築いていかなければならないため、不安や混乱を抱えるケースが多く見られます。一部はその困難を避けるために「子どもを持たない」という選択をすることもあるとされており、これは一種の防衛的決断とも解釈できます。

このような背景を持つ人が「母性がない」とレッテルを貼られることは、彼女たちの経験や痛みを無視することにつながります。むしろ、「母性とはどのように築かれるか」という観点から、支援や共感の手が必要な領域でもあります。

2-8. 周囲の期待に反発しやすい

「結婚したなら子どもを産むのが当然」「女性なら母性があって当然」といった社会通念に対して、違和感や反発を覚える女性は少なくありません。こうした人々は、「母性」を“与えられるべき役割”ではなく、“自ら選択するもの”と捉える傾向があります。

Kozyreva(2022)の研究によれば、意識的に子どもを持たない女性は、社会的な規範や期待に対して敏感でありながらも、それに従うことに価値を感じない、強い自己決定性と批判的思考力を持っていることが多いとされています(Kozyreva, 2022, https://doi.org/10.26425/1816-4277-2022-6-200-208)。

このような反骨精神や個人主義的な姿勢は、伝統的な「母性像」とは対照的に映ることがありますが、それがすなわち愛情の欠如や思いやりの欠如を意味するわけではありません

むしろ、自分らしい生き方を貫こうとするその姿勢は、「型にはまらない母性」や「新しいケアのかたち」につながっていく可能性も秘めています。社会の期待に対して疑問を投げかける視点は、今後の家族観や性役割観を見直すうえでも重要な意義を持ちます。

2-9. スティグマ(烙印)を受け流す強さ

「母性がない人」というレッテルは、時に強いスティグマ(社会的烙印)として働きます。特に女性が子どもを持たないことに対する偏見や否定的な評価は、いまだ多くの社会で根強く残っています。にもかかわらず、そうした批判に屈せず、自己の選択に自信を持って生きている人々が存在します。

Bussarawanら(2024)は、世界88か国・6万人以上を対象にした大規模調査において、子どもを持たない中高年層の主観的幸福度は、国ごとのスティグマの強弱によって大きく変動することを明らかにしました(Bussarawan, Mair, & Sugimori, 2024, https://doi.org/10.1093/geroni/igae098.1768)。

特に子どもを持たないことが「自己中心的」や「不完全な女性」とされる文化圏では、生活満足度が低下する傾向がある一方で、個人主義的価値観が尊重される社会では、むしろ精神的な自由や自立が幸福に寄与していることも示されています。

つまり、「母性がない」とされる人たちがスティグマに対してどう向き合い、どう受け流すかは、その人の心理的成熟度や文化的背景に大きく影響されます。外部からの評価を恐れず、自らの意思で人生を切り開こうとする力は、母性とは異なる形の「強さ」ともいえるのです。

2-10. 自己決定感・生活のコントロール志向が強い

母性がない人に共通して見られる最後の特徴として、「自己決定感の高さ」と「生活全体を自分の手でコントロールしたい」という志向が挙げられます。彼女たちは、環境や他人の期待に流されることなく、自らの価値観に基づいて人生を選択しています。

Tunalilar(n.d.)は、自発的に子どもを持たない人々に多く見られる傾向として、高学歴・高所得・自由意思の尊重・人生設計の計画性を挙げ、これは「無子であること」そのものではなく、「どのような人生を築きたいか」に基づいた明確な意思の表れであると指摘しました(Tunalilar, n.d., https://doi.org/10.1002/9781119085621.wbefs199)。

この傾向は、従来型の「家庭ありき」「子育てありき」の人生観とは異なり、多様性を認める現代社会においてますます重要なライフスタイルの一形態となっています。

「母性がない」のではなく、「母性という選択を経ていない」、あるいは「母性ではない別の方法で人や社会と関わることを選んだ」と言い換えるのが、より正確であると言えるでしょう。

ポイント

  1. 「母性がない」とされる人には、子どもを望まない・キャリアを優先する・責任を回避する傾向が見られるが、それらはすべて合理的な価値観の選択である。
  2. 感情を抑制し、理性的に振る舞う人も多いが、これは共感性の欠如ではない。
  3. 幼少期の家庭環境や母親不在の経験が、母性形成に影響するケースもある。
  4. 社会的期待に対する反発心や、スティグマを受け流す強さは、自己決定力の裏返しでもある。
  5. 最終的に、母性があるかないかではなく、「どのように人や社会と関わり、人生を築くか」が重要である。

3. なぜ「母性がない」と言われるのか?背景にある社会的視点

「母性がない人」という評価がなされるとき、実際には本人の性格や行動よりも、その人を取り巻く社会的な価値観や文化的期待が強く関係しています。つまり、「母性がない」とされるのは、個人の資質の問題ではなく、「社会がどのような母性を求めているか」によって規定される現象なのです。

ここでは、なぜ「母性がない」とされるのか、その社会的背景や文化的バイアスを探っていきます。

3-1. 日本社会に根強く残る「女性=母」という同一視

日本では、いまだに「女性ならいずれ母親になるもの」「母になることで女性は完成する」といった同一視が社会全体に存在します。これは、教育現場やメディア、家族制度の中で強化され続けてきた文化的価値観のひとつです。

たとえば保育実習や家庭科の授業では、女子生徒に赤ちゃん人形を抱かせ、「いつか自分の子をこうして育てる日が来る」と教えることがあります。これにより、母性を持つことが女性の当然の役割として刷り込まれていきます。結果として、子どもを望まない女性や母性を感じない女性に対して、「何かが欠けている」「普通ではない」といった見方が生まれるのです。

社会心理学では、このような規範的期待のことを「ジェンダーロールの内面化」と呼びます。つまり、個人の価値観とは無関係に、女性=母という構図が無意識に浸透しているのです。この同一視が強固である限り、「母性がない」という評価は、社会の価値基準によって容易に形成されてしまいます。

3-2. 世代や地域で異なる価値観

「母性がない」とされるかどうかは、世代や住んでいる地域、文化的背景によって大きく異なります。都市部では多様な生き方が受け入れられつつある一方で、地方や高齢世代の中には、「結婚したら子どもを持って当たり前」といった価値観を強く持つ人がいまだ多く存在します。

これは、Bussarawanら(2024)の国際調査においても示されています。この研究では、スティグマの強い国や地域ほど、子どもを持たない人の生活満足度が低くなる傾向が見られました(Bussarawan, Mair, & Sugimori, 2024, https://doi.org/10.1093/geroni/igae098.1768)。裏を返せば、スティグマが弱まれば「母性がない」とされる人への風当たりも和らぐということです。

特に日本においては、急速な少子化と家制度的価値観の混在が、母性の期待をより一層強化している側面があります。つまり、「誰かが産まないと日本が困る」という漠然とした不安が、「産まない女性」への無言の圧力として作用しているのです。

3-3. 家族観・性役割観の押し付けとその影響

日本では、いまだに「夫は外で働き、妻は家庭を守る」という古典的な性役割観が、法律や制度の運用、メディアの表現などを通じて強化されています。結果として、「母性のある女性=良き妻・良き母」とされ、そこから外れる女性は「逸脱者」として見られがちです。

このような価値観が、結婚や出産の意志のない女性に「冷たい」「責任感がない」「自分勝手」といった評価を与える構造を生んでいます。しかし、それは本質的に「母性がない」のではなく、一律の価値観に従わない自由な選択をしたに過ぎません

心理学者Kozyreva(2022)も、社会的規範に従う圧力から距離を置き、自らの人生を設計する女性において、「対人関係に対する深い洞察力と、自律性を重んじる傾向」が見られると報告しています(Kozyreva, 2022, https://doi.org/10.26425/1816-4277-2022-6-200-208)。

こうした人々が「母性がない」とされるのは、実際には家族観や性別役割に対する異議申し立ての現れであり、むしろ社会の側にある固定観念の問題だといえるでしょう。

ポイント

  1. 日本社会では「女性=母」とする固定観念が根強く、それに当てはまらない人が「母性がない」と見なされがちである。
  2. 世代や地域によって母性に対する期待の強さが異なり、それが価値観の衝突を生んでいる。
  3. 家族観や性役割観の押し付けが、「母性の欠如」という評価を形成する社会的メカニズムになっている。
  4. 実際には、母性がないのではなく、従来の枠にとらわれない選択をしただけであり、それ自体は人格的な欠陥ではない。

4. 心理学から見る「母性がない人」の内面とメンタル傾向

母性の有無はしばしば行動や選択の問題と捉えられがちですが、その背景には、個人の心理的特性や性格傾向が深く関わっています。心理学的な視点を取り入れることで、「なぜ母性が芽生えにくいのか」「なぜ子どもを持つことに積極的でないのか」といった問いに、より繊細かつ中立的な回答が可能になります。

ここでは、「母性がない」とされる人々に見られる心理傾向を、主に自己効力感・内的充足・愛着スタイルという3つの軸から詳しく読み解いていきます。

4-1. 高い自己効力感と独立志向

母性を持つことが「誰かのために自分を差し出す姿勢」であるとすれば、母性がないとされる人々はしばしば、「自分の人生は自分でデザインしたい」という強い意志を持っています。これは単なるわがままではなく、心理学的には「高い自己効力感」と呼ばれる特性です。

自己効力感とは、自分が人生において目標を達成できるという確信を持っている状態を指します。Kozyreva(2022)の研究でも、子どもを持たないことを選ぶ女性の多くは、自己効力感が強く、自分自身の選択に自信を持ち、他者の期待に過度に依存しない傾向があることが示されています(Kozyreva, 2022, https://doi.org/10.26425/1816-4277-2022-6-200-208)。

また、このような女性たちは、「何かをやるからにはきちんとやりたい」「自分の能力を活かしたい」という完遂欲求も強く、子育てのような長期にわたる責任を軽視するのではなく、慎重に評価して回避しているとも考えられます。

つまり、「母性がない」のではなく、「自分の人生への責任感が強い」からこそ、無責任な親にはなりたくないという姿勢が背景にあることもあるのです。

4-2. 人間関係より個人内充足を重視

母性と聞くと、子どもとの情緒的なつながりや、他者に尽くすことに喜びを見出す姿勢が連想されます。一方で、自分自身の内側からの満足感や、孤独に対する耐性が高い人は、「母性がない」と周囲から判断されることがあります。

これは、心理学でいう「内的動機づけ」が強いタイプに多く見られます。内的動機づけが強い人は、他者の期待や評価ではなく、自分自身の価値観や目標によって行動する傾向があり、必ずしも人と強くつながることで充実感を得るとは限りません。

このようなタイプは、子育てのような他者依存的・情緒依存的な活動よりも、自分の趣味・仕事・自己表現に幸福感を感じやすいという特徴があります。Kozyreva(2022)の調査では、子どもを持たない女性が、「社会的ネットワークよりも個人の時間や空間を重視する傾向が高い」とも報告されています(同上)。

このような特性を持つ人が、子どもに時間やエネルギーを注ぐよりも、自己成長や創造性を優先するのは自然な流れともいえます。

4-3. 愛着スタイルと母性形成の関係

人がどのように他者と関わるかは、幼少期の親との関係性、特に「愛着スタイル」に大きく影響されます。愛着理論では、母親や養育者との関係が「安全型」「回避型」「不安型」「混合型」などに分類され、それがその後の人間関係、ひいては母性の感じ方にも影響することが知られています。

WulandariとQonitatin(2024)の研究では、母親を早期に喪失した女性や、母親から十分なケアを受けられなかった女性たちが、母性の概念を曖昧なものとして感じ、自分自身が“母”になることに不安や混乱を抱える傾向があることが報告されています(Wulandari & Qonitatin, 2024, https://doi.org/10.4108/eai.24-7-2024.2354301)。

これは、「母性とはこうあるべき」というロールモデルが存在しなかったり、「親子関係=安心できるもの」という認識が形成されなかったりするためです。その結果として、「母になる」ことへのモチベーションが希薄になったり、自信を持てないという心理的傾向が生まれます。

こうした背景がある場合、「母性がない」と言われるのは、実は自己防衛的な選択であり、無意識的なトラウマ回避行動であることも多いのです。その人の選択を理解するには、表面的な行動だけでなく、深層の心理や育った環境までを丁寧に見る必要があります。

ポイント

  1. 「母性がない」とされる人には、自己効力感が高く、自立を重視する心理特性がある。
  2. 他者との強い関係よりも、自己充足や内面の成長に価値を置く傾向がある。
  3. 幼少期の愛着スタイルや母親との関係性は、母性の感じ方や母親像の形成に大きな影響を与える。
  4. 「母性の欠如」は必ずしも否定的な資質ではなく、むしろ心理的成熟や自己理解の深さと結びついている場合もある。

5. 子どもを持たない選択と「母性欠如」の混同

現代社会では、少しずつ多様な生き方が認められるようになってきましたが、それでも「子どもを持たない人」への評価には未だに根強い偏見が存在します。特に、「子どもがいない=母性がない」という短絡的なラベリングは、多くの人に精神的な負担を与えています。

しかし、実際には子どもを持たない理由は非常に多様であり、それを「母性の欠如」と決めつけるのは、社会的・心理的な理解に欠けた態度です。ここでは、子どもを持たないことと母性の有無は必ずしも一致しないことを科学的にひも解いていきます。

5-1. 「子どもがいない」=「母性がない」ではない

子どもを持たない人がすべて「母性がない」わけではありません。そもそも、母性は必ずしも“自分の子ども”に限定されたものではないという事実があります。人や動物、地域社会、仕事や芸術など、他者や社会に向けたケアや思いやりの行動もまた、広義の「母性的な関わり」といえるのです。

研究者Fiona Hovsepian(2022)は、子どもを持たない女性たちの語りを通じて、彼女たちが母性の本質を問い直し、従来の「子を持つ女性=母性がある」という前提を崩していることを示しました。彼女たちの体験は、「女性であること」と「母になること」が必ずしも一致しないことを明確にし、女性という存在に付随する“本質”としての母性観を再構築する必要があると結論づけています(Hovsepian, 2022, https://doi.org/10.53074/cstp.2022.38)。

つまり、「子どもがいない」ことと「母性がない」ことは、まったく別の問題として切り分けるべきなのです。

5-2. 意識的選択と否応ない環境の違い

子どもを持たないという結果に至る背景は、大きく分けて「意識的な選択(childfree)」と「環境による非選択(childless)」の2つに分けられます。この違いを無視して、すべての子どもを持たない人を一括りにすることは非常に乱暴です。

意識的に子どもを持たない人の多くは、人生の質・自由・キャリア形成・経済的安定・心理的成熟といった観点から、自らの価値観に基づいて選択をしています。たとえば、Coelhoら(2020)の調査では、キャリアや経済面での見通し、責任の重さなどを冷静に判断したうえで、満足のいくパートナーシップを優先したいという理由から子どもを持たない決断をした人が多く存在していました(Coelho, de Souza, & da Silva, 2020, https://doi.org/10.38034/NPS.V29I67.559)。

一方で、加齢や不妊、経済的制約、家庭環境など、望んでも子どもを持てなかった人もいます。このような場合、「子どもがいない」ことへの社会的評価は、しばしば「母性がないから子どもを持たなかった」といった誤解につながりやすいのです。

大切なのは、「結果」と「動機」を混同せずに、それぞれの事情を尊重する視点です。

5-3. 自らの選択に対する肯定感

子どもを持たないことを選んだ女性の中には、「周囲の期待に従わなかったこと」に罪悪感を抱く人もいれば、逆に「自分で選んだ道だから後悔はない」という強い肯定感を持つ人もいます。

Kozyreva(2022)の研究では、意識的に子どもを持たない女性たちの多くが、自分の選択を非常に高いレベルで肯定しており、人生全体の満足度も決して低くないことが示されています。彼女たちは、子育て以外の活動に自分のエネルギーを向け、それによって社会的にも心理的にも充足を得ている傾向がありました(Kozyreva, 2022, https://doi.org/10.26425/1816-4277-2022-6-200-208)。

このような選択に対する自己肯定感は、「母性がない」という非難に対する最大の盾でもあります。他人の期待や固定観念ではなく、自分の内側の声を信じて選択した人生には、ブレない軸と深い納得感が宿っているのです。

ポイント

  1. 子どもを持たないことと「母性がない」ことはまったく別の現象である。
  2. 意識的な選択と環境による非選択は明確に区別して理解すべきである。
  3. 子どもを持たない選択にも人生に対する深い満足や自己肯定感が存在している。
  4. 「母になること」だけが母性の表現ではないという価値観の再構築が求められる。

6. 「母性がない」とされる女性が抱える葛藤とプレッシャー

「母性がない」と周囲から言われる、または自分でそう感じてしまう――。この言葉が女性に与える心理的インパクトは非常に大きく、その多くが罪悪感・劣等感・孤独感・疎外感といった複雑な感情を伴います。

とくに日本社会においては、「女なら母になって当然」「母性は女性の本能」といった期待が無意識に根付いており、それに当てはまらない女性たちは、目に見えない“生きづらさ”の中で静かに苦しんでいることが少なくありません。

この章では、「母性がない」とされる女性が直面しやすいプレッシャーや葛藤の実態、そしてそれにどう対処していけばよいかを、心理学的・社会的観点から丁寧に読み解いていきます。

6-1. 家族・親族・職場からの無意識な圧力

母性をめぐるプレッシャーの最も身近な発信源は、家族や親戚などの近しい人々です。「そろそろ子どもは?」「孫の顔が見たい」「あんたも産んで変わるわよ」――こうした発言は一見無邪気に聞こえますが、当人にとっては鋭い刃にもなり得ます

特に結婚した女性や30代以上の独身女性は、社会的に「そろそろ母になるべき年齢」と見なされやすく、職場でも「時短勤務になるんでしょ?」「育休は?」といった前提で語られることがあります。これらはすべて、母性の発露を当然とする固定観念に基づいたプレッシャーです。

Winda WulandariとNovi Qonitatin(2024)の研究では、母親の不在や機能不全な家庭で育った女性が、「母性が自分に備わっているか分からない」という悩みを抱えていることが示されており、こうしたプレッシャーは特に精神的負担を重くする要因となっています(Wulandari & Qonitatin, 2024, https://doi.org/10.4108/eai.24-7-2024.2354301)。

本人の意向とは無関係に押し付けられる期待は、「自分には母性がないのかもしれない」という思いを助長させ、孤立感や疎外感につながっていくのです。

6-2. 自分の選択に自信が持てないとき

「本当にこのままでいいのか」「いずれ後悔するんじゃないか」――。子どもを持たない選択をした人の中にも、自分の決断に対する揺らぎや迷いを抱える人は少なくありません。これは、「本当は子どもが欲しかったのに叶わなかった」場合だけでなく、「自分で選んだはずなのに周囲の視線が気になる」といった状況でも起こります。

こうした状態は、心理学でいう「認知的不協和」と呼ばれるもので、自分の行動や選択が社会的規範と一致しないときに感じる内的な不快感や葛藤のことを指します。

Kozyreva(2022)は、子どもを持たない選択をした女性たちが、自分の人生に満足していても、親や職場、友人からの“圧”によって「自分の決断に自信を持ちきれない」状況に置かれることがあると指摘しています(Kozyreva, 2022, https://doi.org/10.26425/1816-4277-2022-6-200-208)。

つまり、選択に後悔があるというよりも、「周囲の評価によって自信を失う」ことが、心理的ストレスの大きな原因となっているのです。

6-3. 罪悪感や劣等感への対処法

「母性がないかもしれない」と自認することは、多くの人にとって罪悪感や劣等感につながりやすいものです。とくに、母性を「優しさ」や「共感力」「無償の愛」といった人格の核に結びつける価値観が強い文化圏では、その欠如は自己全体の否定に感じられてしまうことがあります。

しかし、重要なのは、「母性がない=人として劣っている」ではまったくないということです。

Coelhoら(2020)の研究でも、意識的に子どもを持たない夫婦の多くは、自らの判断に納得しており、他者に対する愛情や思いやりを別の形で表現していることが報告されています。彼らは家庭外のコミュニティ、動物への愛情、教育や支援活動などを通じて、「母性」に近い価値観を別の方向で実現しているのです(Coelho, de Souza, & da Silva, 2020, https://doi.org/10.38034/NPS.V29I67.559)。

また、自己肯定感を高めるためには、自分が何を大切にしたいか、どのように人と関わりたいかを明確にし、その価値観に合った行動をとることが有効です。これは心理療法における「価値観に基づく行動(value-based action)」と呼ばれ、自己理解と自己受容を深める手法の一つとされています。

ポイント

  1. 家族や職場からの「母性ありき」の圧力は、無意識のうちに女性の自由を縛っている。
  2. 子どもを持たないことに自信があっても、周囲の視線や価値観に揺さぶられることはある。
  3. 母性の有無で自己価値を決めないことが、健全なメンタル維持の鍵となる。
  4. 罪悪感や劣等感は、母性という狭義の定義を手放すことで軽減できる。
  5. 自分なりの“他者への愛し方”を再定義することが、心の自由と安定につながる。

7. 子どもがいなくても発揮される“母性以外の愛情”

「母性=子どもへの無償の愛」と定義されることが多い中で、子どもを持たない女性が持つ愛情やケアの力は、しばしば見落とされがちです。しかし、人を思いやり、支える力は、何も親子関係だけに限定されるものではありません。むしろ、子どもがいないからこそ育まれる愛情のかたちも存在します。

この章では、子どもがいない人がどのように“母性に似た”または“別の形の愛情”を発揮しているのか、具体的な実例と心理的背景に基づいて解説していきます。

7-1. 友人・動物・仕事・地域社会へのケア意識

子どもを持たない女性たちの中には、他者への関心や支援の意欲が非常に高い人も少なくありません。たとえば、友人関係における気配り、パートナーへの献身、ペットや動物への深い愛情、地域や社会貢献活動への参加など、そのケアの矛先は多岐にわたります。

心理学的には、こうした行動は「ケアリング(caring)」と呼ばれ、母性本能とは異なるが、情緒的成熟や共感性の高さを示す行動特性とされています。実際、Fiona Hovsepian(2022)の研究では、子どもを持たない女性たちが「女性らしさ」や「思いやり」を、親になること以外の文脈で表現していることが多く観察されました(Hovsepian, 2022, https://doi.org/10.53074/cstp.2022.38)。

さらに彼女たちは、自らの役割や愛情のあり方を意識的に選択しており、それが「無意識の母性」よりも、むしろ社会的に持続可能な関わり方として機能していることを明らかにしています。

7-2. ケアの形は人それぞれ:非典型的な愛の表現

愛情や思いやりの表現には、多様なスタイルがあります。たとえば、積極的に言葉をかけるタイプの人もいれば、静かに見守ることを愛情の表現とする人もいます。これは「ラブランゲージ(愛の言語)」とも呼ばれ、人間関係の築き方に個人差があることを示す理論です。

Kozyreva(2022)の研究でも、子どもを持たない女性たちの中に、非常に高い対人スキルや共感力を持ちながらも、それを「家族」ではなく「社会」や「職場」などのコミュニティで発揮しているケースが多く確認されています(Kozyreva, 2022, https://doi.org/10.26425/1816-4277-2022-6-200-208)。

これは、「母性」を“子育て”という枠から解放し、人間全体へのケアや支援と結びつける視点を与えてくれます。

さらに、ペットを育てる・動物保護に関わる・教育や介護といった他者ケアの職業に就くなど、子どもを育てることとは異なる形で愛情を育んでいる人々は少なくありません。それらはすべて「母性とは何か」という問いを拡張する新しい在り方なのです。

7-3. 養育者でなくても育める深い共感性

「母性=養育者」という固定観念を離れて見れば、母性に似た性質──たとえば、相手の立場に立って考える力、痛みに寄り添う姿勢、無償のサポート精神──は、誰にでも育むことができます。

Wulandari & Qonitatin(2024)の研究においても、母親がいなかった女性たちが「母になる不安」を抱える一方で、それを乗り越えるために自ら共感性や支援スキルを高め、他者に貢献する力を培っている様子が描かれていました(Wulandari & Qonitatin, 2024, https://doi.org/10.4108/eai.24-7-2024.2354301)。

つまり、子どもを持たない選択をした人が、母性に匹敵するような深い共感性や他者への愛情を持っていない、という考え方は明らかに偏っています

「子どもを産んでいない」という事実だけで母性を測るのではなく、どのように他者に向き合っているか、どんな形で愛を表現しているかにこそ、その人の“人間性の深さ”が表れるのです。

ポイント

  1. 子どもがいなくても、他者への思いやりやケアを日常の中で豊かに表現している人は多い。
  2. 母性の表現は、家庭内に限らず、職場・地域・動物・友人など多様な対象に広がっている。
  3. 非典型的な愛情表現や共感スタイルも、「別のかたちの母性」として評価されるべきである。
  4. 養育の有無ではなく、他者への態度や関係性が“母性に似たもの”の本質といえる。

8. 男性やLGBTQ+も持つ「ケアする心」と母性の再定義

「母性」と聞くと、どうしても女性、とりわけ“出産した女性”を思い浮かべがちです。しかし近年のジェンダー論や心理学、神経科学の分野では、母性とは性別や生殖に限定されるものではなく、すべての人間が持ちうる「ケアする力」であるという認識が広まりつつあります。

この章では、男性やLGBTQ+の人々に見られる母性のようなケア行動、そして母性そのものの再定義について科学的根拠とともに紹介します。

8-1. 母性=女性固有ではないという現実

母性が女性特有の性質とされる背景には、長らく続いた性役割の固定観念が影響しています。だが実際には、男性であっても、あるいは出産を経験していなくても、「他者を守りたい・支えたい」という感情や行動特性を自然に備えている人は多数存在します。

特に、子育てに積極的に関わる男性においては、オキシトシン(愛情ホルモン)の分泌量が増えることで、母親と同様の愛着行動が見られることが、脳科学の研究でも報告されています。

このように、「生物学的な母親でなければ母性はない」という見方は、すでに科学的にも時代遅れになりつつあるのです。

8-2. LGBTQ+・トランスジェンダーが語る新しい母性

LGBTQ+コミュニティにおいても、「母性」という言葉が再解釈されつつあります。たとえば、トランス女性やノンバイナリーの人が、家族やコミュニティで“母のような存在”としてケアを担っているケースは少なくありません。

こうした現象は、Fiona Hovsepian(2022)の研究でも示されており、「女性=母」という二項対立の枠組みでは捉えきれない、流動的かつ関係性に根ざした母性の在り方が報告されています(Hovsepian, 2022, https://doi.org/10.53074/cstp.2022.38)。

また、性的少数者の中には、家庭や地域でのケア役割を積極的に引き受け、「実の親以上に深い信頼関係を築いている」例も多く存在します。これは、従来の「母性=血縁・出産」という枠組みの再構築を促す大きなヒントになります。

8-3. 性別や生殖にとらわれないケア概念の重要性

子どもを持たない人、トランスジェンダーの人、男性、ノンバイナリー……。多様な属性を持つ人たちがそれぞれの方法で「ケアする心」を発揮する現在、母性を“性別や身体的機能に根ざしたもの”と定義するのは、あまりにも狭義です。

むしろ、「母性とは何か?」という問いそのものをアップデートし、ケア・共感・保護・育成といった行動的・情緒的側面で捉え直すことが、現代社会において非常に重要になってきています。

子どもを育てるという行為に限らず、他者を支える・感情に寄り添う・成長を促す──そういった力があれば、それは立派な「母性のようなもの」であり、誰もが持ちうる人間的資質だと言えるでしょう。

ポイント

  1. 母性は女性の専売特許ではなく、男性やLGBTQ+の人々にも発揮されうる普遍的なケア資質である。
  2. トランスジェンダーやノンバイナリーの人が「母のような存在」として機能する例も多く報告されている。
  3. 科学的にも、ケアに関わるホルモンや行動は性別を問わず発動することが明らかになっている。
  4. 「母性=出産・血縁」という旧来の定義から脱し、ケア・共感・支援の力として再定義すべき時代に来ている。

9. 科学と文化が示す「母性は育つ」可能性

「母性とは生まれつき備わった本能であり、誰しも女性であれば自然に芽生えるもの」──そうした考えは長らく常識とされてきました。しかし、現代の神経科学・心理学・社会学の知見においては、母性は必ずしも“先天的な性質”ではなく、後天的に育まれる情動や行動様式の一つであることが明らかになりつつあります。

この章では、出産や育児を通して脳が変化する神経科学的根拠や、子育てによって変容する心理的特性、そして「母性が育たないまま育てる」ことのリスクについて科学的視点から解説します。

9-1. 出産後に芽生える母性の神経学的変化

脳科学の研究では、妊娠・出産・授乳を経験することで女性の脳構造が実際に変化することが分かっています。特に、オキシトシンやプロラクチンといったホルモンの分泌により、情動や愛着に関わる脳領域(前頭前皮質、扁桃体、視床下部など)が活性化し、母性行動が強化されるのです。

このような変化は「マターナル・ブレイン(maternal brain)」と呼ばれ、実際に出産後の女性の共感性・防衛性・気配り・他者への注意配分が高まることが観察されています。

ただし重要なのは、この変化は出産を通して“自動的に”起きるのではなく、子どもとの継続的な接触・関わり合いによって徐々に強化されていく、という点です。

9-2. 子育てを通して高まるケア本能

出産の有無に関わらず、子どもと関係性を築く過程で、他者の感情を読み取る力や、保護・育成への欲求が自然と高まっていくことが多くの研究で示されています。

WulandariとQonitatin(2024)の系統的レビューでは、「母親を早期に失った女性(=母性のロールモデルを持たない女性)」が、自分自身の子育てを通して母性を再定義し、自らのケアスタイルを育てていく様子が多くの文献から明らかになりました(Wulandari & Qonitatin, 2024, https://doi.org/10.4108/eai.24-7-2024.2354301)。

つまり、母性とは“何かを教えられるもの”でも“生まれつき持っているもの”でもなく、体験と感情の積み重ねによって育つ可塑的な資質なのです。

9-3. 逆に「母性がないまま育てる」ことのリスクも

一方で、子育てを担うことになったものの、情緒的な結びつきが希薄なまま育児に関わるケースでは、親子双方にネガティブな影響が及ぶリスクも指摘されています。

Kozyreva(2022)の研究では、意識的に子どもを持たないことを選んだ女性たちが持つ心理的傾向として、自立性・柔軟性・自己コントロールへの強い志向が挙げられました(Kozyreva, 2022, https://doi.org/10.26425/1816-4277-2022-6-200-208)。

そのような女性が、もし環境的な理由で望まずに母親となった場合、育児に対して義務感や制約感だけを抱え、感情的な満足を得にくい可能性があるのです。

このような状態が続くと、児童の情緒的発達にも影響し、愛着障害や信頼関係の欠如につながるリスクも孕んでいます。

ポイント

  1. 母性は本能ではなく、出産や子育てを通して後天的に形成・強化される行動・感情である。
  2. 脳の構造やホルモンは、子どもとの関わりによって実際に変化する。
  3. 自らの経験や人生のプロセスを通して“母性らしさ”を再定義する人も多い。
  4. 一方、母性を感じないまま育児を続けることは、親にも子にも心理的な負荷を与える。
  5. 「母性がない」という状態は一生不変ではなく、育つ余地を持つ動的なプロセスである。

10. 母性がない自分を受け入れるためのヒント

「母性がない」と感じるとき、私たちはしばしば罪悪感や孤独、不安に苛まれます。とくに「女性=母であるべき」という社会的期待が根強い日本では、「母性を持たない自分」を肯定することは難しく、時に“自分はおかしいのではないか”という自己否定に陥ることもあるでしょう。

しかし、母性の有無がその人の価値や優しさを決めるわけではないということを、改めて認識することが重要です。この章では、自分自身と向き合いながら、母性がないことへの理解と受容を深め、前向きに生きるための具体的なヒントをお伝えします。

10-1. ライフスタイルの多様性を認めること

現代社会では、人生の選択肢はかつてないほど多様になっています。子どもを持たない人生、結婚しない人生、パートナーとの関係に母性を求めない人生──それらはすべて“ありうる人生”です。

たとえば、Portanti & Whitworth(2009)の調査では、生涯子どもを持たなかった女性の多くが高学歴で専門職に就いており、パートナーとの関係や自立した生活に満足していることが示されています(Portanti & Whitworth, 2009, https://doi.org/10.1057/PT.2009.15)。

つまり、母性を持たないことで“欠けている”わけではなく、違う価値を生きているだけなのです。自分の人生を俯瞰し、「どんな価値観を大切にしてきたか」を振り返ることは、母性以外の豊かさに気づく第一歩となります。

10-2. 比較しない、責めない、説明しない

他人と比較すること、家族や周囲に「なぜ子どもを持たないのか」「母性を感じないのか」を説明し続けることは、精神的に大きな負担になります。

特に日本では「母性は自然に芽生えるはず」という同調圧力が根強く、説明を求められる機会も多いですが、あなたの選択は他人の理解を得なければならないものではありません

Michalsen & Flavin(2014)の研究によれば、刑事司法制度に関わる子どものいない女性たちは、周囲の理解のなさや偏見によって支援を得にくい現実に直面しています(Michalsen & Flavin, 2014, https://doi.org/10.1177/0032885514537600)。この事実は、「母であること」が無意識の前提となっている社会において、母性がないことを正当化する義務を強いられている現実を浮き彫りにしています。

そこで大切なのは、“説明しすぎないこと”も自分を守る術の一つだと理解することです。

10-3. 心の安定と幸福度を育む日常の工夫

子どもを持たない人生や母性が薄い自分を受け入れるためには、自分自身の感情や幸福に目を向ける時間が欠かせません。

たとえば、以下のような実践が自己肯定感を高めてくれます。

  • 誰かや何かをケアする「母性以外の愛情行動」に目を向ける(例:友人や動物、地域活動など)
  • 自分の成長や達成を記録するジャーナリングを行う
  • ネガティブな感情が湧いたときに否定せず、その背景にある思考パターンを観察する
  • 同じ立場の人たちとの交流やコミュニティ参加によって孤独感を和らげる

また、国際比較研究(Teerawichitchainan, Mair, & Sugimori, 2024)では、子どもがいないことに対する社会的スティグマが強い国ほど、子どものいない高齢者の幸福度が低いという結果も示されています(Teerawichitchainan et al., 2024, https://doi.org/10.1093/geroni/igae098.1768)。つまり、幸福度は「母性の有無」ではなく、「社会からどれだけ尊重されているか」「自分の選択を認められているか」に左右されるのです。

ポイント

  1. 母性の有無は人生の豊かさや人間性を測る指標ではない。
  2. 自分の価値観と人生を肯定し、「他人と違う=間違い」ではないと理解することが大切。
  3. 説明責任から距離を取り、自分の幸福や充足感を重視する選択をしてよい。
  4. 自己肯定感を高める日常の工夫と、小さな「愛」の実践が心の安定につながる。
  5. 「母性がない」ことは孤立でも欠落でもなく、一つの個性である──それを受け入れる社会が、いま求められている。

11. Q&A:よくある質問

「母性がない私は冷たいのでしょうか?」

いいえ、「母性がない」と感じることと「冷たい人間である」ことは別問題です。心理学的にも、母性とは特定の行動様式や情緒の傾向であり、他者への思いやりや感受性が欠如しているという意味ではありません

Kozyreva(2022)の研究では、子どもを持たないことを選択した女性たちは自立性・柔軟性・社会的貢献への意欲が強いことが示されており、冷淡さとは無縁です(Kozyreva, 2022, https://doi.org/10.26425/1816-4277-2022-6-200-208)。

「子どもが欲しくないのはおかしい?」

おかしくありません。むしろ現代では、ライフスタイルや価値観の多様化に伴い、「子どもを持たないこと」は珍しいことではなくなっています。

Coelhoら(2020)は、子どもを望まない主な理由として「責任の重さ」「経済的負担」「キャリアへの影響」などを挙げる女性が多いことを報告しています(Coelho, de Souza, & da Silva, 2020, https://doi.org/10.38034/NPS.V29I67.559)。

「恋人に『母性がない』と言われてショックです」

その言葉に傷ついたあなたの感情は正当です。「母性がない」という評価は、多くの場合、相手の価値観の押しつけや誤解に基づくものです。

Michalsen & Flavin(2014)の調査では、社会的・制度的な前提が「すべての女性=母であること」を前提に設計されている現実が指摘されています(Michalsen & Flavin, 2014, https://doi.org/10.1177/0032885514537600)。つまり、その言葉は「あなた」ではなく、「社会が作った理想像」とのズレを責めているにすぎません。

「母親になれば母性は自然に芽生えるものですか?」

必ずしもそうとは限りません。母性は本能的な側面もありますが、後天的に育つ部分も大きいことが神経科学の研究でも示されています。

たとえば、出産や育児に関与する中で、脳の神経構造が変化し、養育的な行動が強まるという知見もあります(Swain, 2011などによる神経画像研究)。一方で、そうした変化が起こらないケースや、時間をかけてゆっくりと育まれる場合もあります。

「母性を感じられないまま育児をしてもいいですか?」

はい、大丈夫です。子どもに対して愛情をもつことと、母性を理想通りに“感じる”ことは別です。感情の自然な揺れや戸惑いは、誰にでも起こることです。

Wulandari & Qonitatin(2024)は、「母親を知らずに母親になった女性」たちの多くが、最初は不安を感じながらも、自分なりのやり方でケアの形を見つけていったことを報告しています(Wulandari & Qonitatin, 2024, https://doi.org/10.4108/eai.24-7-2024.2354301)。

「母性がないと生きづらい社会は変わる?」

少しずつ変化の兆しはありますが、まだ時間が必要です。多くの研究が、「母性」を女性の役割と強く結びつける社会的スティグマの存在を指摘しており、それが女性の自由な選択や幸福を阻害しているのが現実です。

Teerawichitchainanら(2024)の国際比較研究では、スティグマが強い国ほど、子どもがいない人の幸福度が低くなることが報告されています(Teerawichitchainan et al., 2024, https://doi.org/10.1093/geroni/igae098.1768)。

しかし、個々の声が社会を変える力になるのもまた事実です。あなたが「自分のあり方」を認めることは、同じように悩む誰かへの励ましにもなるのです。

12. まとめ

母性は、生まれ持った本能でもなければ、女性である限り誰もが自然に持つ感情でもありません。そして、子どもを持たないという選択や、母性を感じないという感覚があったとしても、それは「欠けた何か」ではなく、人間としての多様性のひとつにすぎません。

本記事では、科学的根拠に基づいて「母性がない人」に見られる10の特徴を詳しく検討しながら、誤解やスティグマにまつわる社会的背景にも光を当ててきました。引用された複数の研究が示すように、母性の有無に関する個人差は、性格、価値観、ライフスタイル、文化、ジェンダーなど多くの要因と複雑に絡み合っています。

たとえば、Kozyreva(2022)は「子どもを持たない選択をした女性たちは、社会的・対人的関係や自立性に強い志向性を持っており、物質的・精神的な充足を追求している」と述べています(Kozyreva, 2022, https://doi.org/10.26425/1816-4277-2022-6-200-208)。また、Teerawichitchainanら(2024)は、母性を持たない人々が直面する社会的なスティグマが幸福度を左右する要因であることも指摘しています(Teerawichitchainan et al., 2024, https://doi.org/10.1093/geroni/igae098.1768)。

さらに、LGBTQ+やトランスジェンダーの人々に見られる「非典型的な母性の発現」は、母性そのものの定義を問い直す契機となっています。Fiona Hovsepian(2022)は、こうした再定義が女性の自己イメージの幅を広げ、「女性=母」という思い込みからの解放につながると指摘します(Hovsepian, 2022, https://doi.org/10.53074/cstp.2022.38)。

大切なのは、「母性がない=劣っている」「未熟」「愛がない」などと決めつける価値観を手放すこと。ケアする心や思いやりは、必ずしも子どもを持つことから始まるものではありません。誰かを支える、寄り添う、守る——それはパートナー、友人、動物、地域社会、あるいは自分自身に対してであっても十分に成立する愛情の形です。

私たちが目指すべき社会は、「母性がある/ない」といった二元論に縛られるのではなく、一人ひとりの在り方を尊重し、多様な愛情やケアの形が認められる環境です。その第一歩は、「母性がないかもしれない自分」を否定せず、受け入れることから始まります。

あなたが自分自身の価値と選択を尊重できるように——。そして、その姿が他の誰かの安心につながるように。母性の話題を通して見えてくるのは、私たち一人ひとりの「生き方」の可能性なのです。

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