挨拶しない人の育ち：性格形成の背景と社会性の関係を科学的根拠を基に分析

朝の職場や通学路、ふとしたすれ違いの場面で、「あれ、挨拶してこないな」と感じた経験は誰しもあるのではないでしょうか。多くの人が抱く疑問の一つが、「なぜこの人は挨拶をしないのか？」というもの。そこには「育ちが悪いのでは」といった判断が加わることも少なくありません。しかし、挨拶という行動を単なるマナー違反や無礼な態度として片づけてしまうのは、あまりに表層的な理解にとどまっているかもしれません。

近年の研究では、幼少期の教育環境や家庭環境、さらには文化的背景や遺伝的要因までが、人の社会性や他者との関わり方に大きな影響を及ぼすことが明らかになってきています。挨拶ひとつを取っても、それは単なる行動ではなく、その人がどんな環境で育ち、何を経験してきたのかを映し出す「心の習慣」でもあるのです。

たとえば、スペインの研究では、創造的な職業に就く人の多くが、子ども時代に批判的・創造的思考を育む教育環境に恵まれていたことが明らかになっており、こうした環境が結果として豊かな社会性にもつながっているとされています（Serrano-Martínez, 2016, https://hipatiapress.com/hpjournals/index.php/rise/article/download/1896/1550）。

本記事では、挨拶しないという行動に内在する「育ち」と「性格形成」、そして社会的スキルの発達に影響を与える要因について、心理学・教育学・文化人類学などの視点から多角的に分析します。さらには、「どう向き合えばいいのか」という実践的なヒントまで網羅。単なる“マナー論”にとどまらず、行動の背景にある「人間の成り立ち」そのものに深く迫ります。

1. 挨拶しない人の育ちは本当に「悪い」のか？

私たちは日常生活の中で、他者との関わりにおいて「挨拶」を自然なものとみなしています。それゆえに、挨拶をしない人に対しては強い違和感や不快感を覚えがちです。そして、その行動を「育ちが悪い」と即断してしまうことも少なくありません。しかし、このような反応の裏には、私たちが無自覚に抱えている価値観や社会的前提が存在しています。

1-1. 「育ちが悪い」という決めつけが生む誤解

「育ちが悪い」という言葉には、教育不足、しつけの欠如、社会常識の欠落など、さまざまなネガティブな意味合いが含まれています。しかし、挨拶をしないという行為が、必ずしもそのような「欠如」の結果とは限らないことを、私たちは見落としがちです。

たとえば、発達障害の一部では、社会的なサインを察知する能力に課題があることがありますし、極端な内向性や過去のトラウマ経験が挨拶という行動を阻む場合もあります。また、育った地域や文化によっては、挨拶があまり重視されないというケースも存在します。

ポーランドの教育環境を考察したWinogrodzki（2015）の研究では、特定の文化的背景における教育モデルの違いが、個人の社会的行動に大きな影響を与えることが示されています。特に、社会交流に重きを置かない教育環境に育った子どもは、他者への働きかけを自ら選ばない傾向があるとされています（Winogrodzki, 2015, https://www.jomswsge.com/pdf-80602-16474）。

こうした事例は、挨拶をしない人を一括りに「育ちが悪い」と判断することが、誤ったレッテル貼りに繋がる危険性を浮き彫りにしています。

1-2. 挨拶をしない理由は本当にマナーの問題？

私たちは、挨拶を「するのが当然」と感じていますが、実際にはその“当然”は、学習された社会的規範に過ぎません。つまり、挨拶ができるようになるためには、周囲の大人や教育機関によって「学ぶ機会」が必要なのです。

教育と環境が性格や行動に与える影響について分析した研究では、幼少期に家庭内や学校でのポジティブな人間関係が、社会的行動（挨拶や返答など）の形成に大きく関わっていることが報告されています。スペインの研究者Serrano-Martínez（2016）は、創造的職業に就いた大人の多くが、子ども時代に批判的思考と共に社会的スキルを育む教育環境に身を置いていたことを示しました（Serrano-Martínez, 2016, https://hipatiapress.com/hpjournals/index.php/rise/article/download/1896/1550）。

一方で、逆の環境、たとえば家庭内のコミュニケーションが希薄であったり、教師との関係性が乏しかったりする場合、子どもは他者とどう接するべきかを十分に学べないまま成長します。その結果として、挨拶という行為そのものに意味や重要性を見いだせず、意図的でないにせよ「挨拶をしない人」になる可能性があるのです。

1-3. 行動の背景にある“無意識の社会的距離感”

挨拶を交わすことは、単に言葉を発するという行為にとどまらず、他者との心理的な距離感をコントロールする役割も担っています。挨拶をすることによって、「私はあなたを敵ではないと認識しています」「あなたを承認しています」というメッセージを暗黙的に伝えているのです。

しかし、そうした距離感の捉え方は個人差があり、特に幼少期に「他者との適切な距離の取り方」を学ぶ機会がなかった人にとっては、挨拶そのものが「余計な接触」に感じられることすらあります。

この点において、Bygren & Szulkin（2010）の研究が示唆に富んでいます。彼らは、スウェーデンの移民の子どもを対象に、民族的環境と教育成果の相関を調査しました。結果として、教育的に成功していない同民族コミュニティの中で育った子どもは、社会的行動や対人スキルが低下し、結果として学業や社会参加に困難を抱える傾向があることが示されました（Bygren & Szulkin, 2010, https://www.jstor.org/stable/40645892）。

つまり、「挨拶をしない」という表層的な行動の背後には、複雑な社会的距離感や環境的背景が絡み合っていることを理解する必要があります。

ポイント

1. 「育ちが悪い」という決めつけは、文化的・発達的背景を見落とす誤解に繋がる。
2. 挨拶行動はマナーというより「学習の成果」。教育環境が大きく影響する。
3. 個人の社会的距離感には、幼少期の環境や文化的要因が深く関わっている。
4. 論文研究では、支援の少ない環境下で社会スキルの発達が抑制される傾向が示されている。
5. 行動の裏にある「なぜそうなったか？」を問い直す姿勢が、誤解や偏見を解く鍵となる。

2. 挨拶行動の心理学：なぜ「する人」「しない人」が生まれるのか

「挨拶ができるかどうか」は単なるマナーの習得ではなく、人がどのように他者との関係を築こうとしているか、あるいは築こうとしないかという心理的傾向の現れとも言えます。本章では、挨拶という行動の背後にある心理的要因を、発達心理学やパーソナリティ理論、愛着理論などの観点から考察します。

2-1. 幼少期の環境が性格傾向を左右する仕組み

人の性格や対人傾向は、遺伝的要因と環境的要因の複合的な影響によって形成されます。中でも、幼少期の家庭環境、教育的経験、周囲の社会的刺激は、自己認識や他者認識に大きな影響を与えます。

たとえば、家庭内で親が積極的に挨拶をし、子どもに対しても丁寧なコミュニケーションを行う環境では、挨拶が自然なものとして内面化されやすくなります。一方で、家庭内での会話が少ない、親が他者と関わる姿を見せないといった環境では、子どもにとって「挨拶」は学習の対象になりにくくなります。

この点を支持するのが、教育と環境の影響を分析したSerrano-Martínez（2016）の研究です。彼女は、創造的思考と社会性の発達には、幼少期における教育環境、家族、教師とのつながりが密接に関係しているとし、子どもの行動パターンが環境によって形づくられる過程を詳細に示しています（Serrano-Martínez, 2016, https://hipatiapress.com/hpjournals/index.php/rise/article/download/1896/1550）。

2-2. 愛着理論に見る「他者との関係性のベース」

心理学における「愛着理論（Attachment Theory）」では、幼少期に養育者との間でどのような関係が築かれたかが、後の対人関係全体の基本パターンを決めるとされています（Bowlby, 1969）。愛着が安定している子どもは、他者に対して安心感を持ち、自然に挨拶や会話といった社会的行動を行いやすくなります。

しかし、愛着が不安定な場合——たとえば無視された経験が多い、怒りを伴った関わりしか受けなかった——そうした環境では、他者と接触すること自体に「恐れ」や「回避感情」が生まれやすくなります。その結果、「関わらないこと＝自分を守ること」という思考に至り、挨拶をしない、視線を避ける、話しかけないといった行動へと繋がることがあります。

また、家族からの適切な承認が得られないまま育った子どもは、自己評価が低くなる傾向にあり、「挨拶して無視されたらどうしよう」「うまく話せなかったら恥ずかしい」といった不安が、対人行動の抑制要因となるのです。

2-3. 内向型・外向型性格の違いと社会的接触の抵抗感

性格心理学において、外向型（Extraversion）と内向型（Introversion）の傾向は、他者との関わり方に明確な差を生みます。外向型の人は社会的刺激を好み、初対面の人にも積極的に関わろうとします。一方、内向型の人は、刺激の少ない環境で自分の内面に集中する傾向が強く、挨拶や会話のような社会的接触を負担に感じる場合があります。

重要なのは、内向型であることが「育ちが悪い」という評価とは無関係であるという点です。むしろ、社会的スキルを持ち合わせていながらも、それを外部に出すことに抵抗を感じるという特徴があるため、「挨拶しない＝敵意がある」「無視された」という受け取り方は、しばしば誤解に繋がります。

さらに、ポーランドの研究では、教育現場での社会文化的要素が個人の行動パターンに強く影響を及ぼすことが報告されており、内向的な性格と教育的刺激の関係性が、社会性の発達にとって重要なファクターであることが確認されています（Winogrodzki, 2015, https://www.jomswsge.com/pdf-80602-16474）。

ポイント

1. 性格形成には遺伝だけでなく、幼少期の環境が大きく関わる。
2. 愛着理論から見れば、養育者との関係性が他者との距離感の基礎になる。
3. 内向的な性格は、挨拶を避ける行動に直結することもあるが、それは必ずしも敵意ではない。
4. 家庭や教育現場での社会的刺激が不足すると、他者との関わりが負担に感じられやすくなる。
5. 挨拶行動の有無は、心理的要因と学習された環境の積み重ねの結果である。

3. 教育と環境が性格形成に及ぼす影響：最新研究より

人は生まれながらの性質だけでなく、成長過程で身につける「環境要因」によっても性格や社会性が大きく変化します。とりわけ、教育のあり方と家庭や地域の文化的背景は、挨拶のような基本的な社会行動に直結します。本章では、複数の国際的な研究をもとに、性格形成と社会的スキルの発達に影響を及ぼす要素を具体的に検証していきます。

3-1. 教室と家庭の相互作用が創造性と社会性をどう育むか

子どもが最初に属する社会は、家庭と学校です。この2つの場は、子どもにとって初めての「人間関係のモデル」であり、ここでの体験が他者との関わり方の土台になります。

Serrano-Martínez（2016）の研究は、スペイン・アラゴン地方で育った創造的職業従事者たちのライフヒストリーを分析し、幼少期の教育環境と家庭環境がその後の創造性と社会性の発達に強く影響することを示しました（Serrano-Martínez, 2016, https://hipatiapress.com/hpjournals/index.php/rise/article/download/1896/1550）。

この研究では、家族の関与や教師からの肯定的な働きかけ、地域の社会的ネットワークが豊かであることが、子どもにとって「社会に関わろうとする力」を育む重要な条件であると述べられています。これは、挨拶のような社会的行動を自然に身につけるには、ただ「教える」だけでなく、日常の中で「見る・感じる・真似る」機会が必要であることを示しています。

3-2. スペインの研究事例：教育と環境が職業選択に与える影響

Serrano-Martínezの同研究ではさらに、創造性が高い大人たちの多くが、子ども時代に自分の意見を発言できる場や、自由に発想する機会を与えられていたという共通点が見られました。こうした経験は、単に知的能力を伸ばすだけでなく、自己表現力や他者との協働、つまり「社会性の発達」にも貢献しています。

興味深いのは、このような環境では子どもが「他者に対して関心を持つこと」や「関係性を意識して行動すること」が自然と養われていたという点です。挨拶はその最たる例であり、単なる儀礼ではなく、「相手とつながろうとする意思表示」として実践されていたのです。

このような背景を持つ人々は、成人してからも対人関係での摩擦が少なく、職場などでも協調性やリーダーシップを発揮する傾向にあります。つまり、「挨拶できる人」は、子ども時代から対話的な環境で育った人に多いという示唆が得られます。

3-3. ポーランド・スウェーデンの比較研究：文化背景が子どもの社会行動に与える作用

次に、文化的背景と教育環境が性格や行動に与える影響を示した2つの国際研究を紹介します。

ポーランドのWinogrodzki（2015）は、教育環境が人間形成に及ぼす影響について次のように述べています。文化的に「教育＝知識の取得」に偏っている環境では、子どもの社会的なふるまいやコミュニケーションスキルが軽視されやすくなるというのです。これは、「知識はあるのに関わり方がぎこちない人」や「無愛想に見えるが実は内向的なだけ」というケースに通じる要素であり、挨拶をしない原因の一端と考えられます（Winogrodzki, 2015, https://www.jomswsge.com/pdf-80602-16474）。

一方、スウェーデンにおけるBygren & Szulkin（2010）の研究では、移民の子どもたちが育つ「民族的に同質な環境」と「多様な環境」とで教育成果に差が出ることを明らかにしています。特に、教育レベルの低いエスニック・コミュニティの中で育った子どもは、挨拶やコミュニケーションといった社会的行動が十分に育たない傾向にあり、それが学業や就労機会にも影響を与えることが示されました（Bygren & Szulkin, 2010, https://www.jstor.org/stable/40645892）。

この研究は、「挨拶をするか否か」は個人の性格や意志だけでなく、文化的・社会的環境に強く依存することを実証しています。

ポイント

1. 家庭と学校の環境が子どもの社会性・挨拶行動の土台を形成する。
2. 教育的に「対話」や「承認」が重視される環境では、挨拶が自然と身につく傾向にある。
3. スペインの研究では、創造的思考と社会性は教育と環境の相互作用から育まれることが明らかになった。
4. 文化的に社会的行動を重視しない教育環境では、挨拶や関係構築に困難が生じる。
5. 社会行動は、個人の選択というより「環境の産物」である可能性が高い。

4. 社会文化的要因と「挨拶」の有無

挨拶をするかしないかという行動は、単なる個人の性格や態度の問題ではなく、その人が育った社会や文化のあり方に深く根ざしています。本章では、地域や国による価値観の違い、社会の同調圧力、そして「挨拶をあえてしない」という意図的な選択に至るまで、社会文化的要因の影響を丁寧にひも解いていきます。

4-1. 地域差・家庭のしつけがもたらす価値観の多様性

「挨拶ができる人は育ちが良い」という考え方は、多くの日本人にとって当然のように浸透していますが、それはあくまで一部の社会における文化的価値観にすぎません。実際、挨拶の頻度や重視される度合いは、地域や国、家庭によって大きく異なります。

たとえば、欧米諸国では「アイコンタクト」や「名前で呼ぶこと」が挨拶の一部とされることもありますが、日本では「会釈」や「一礼」など、非言語的な表現が主流です。さらに、地方と都市部でも文化の違いは存在し、都市部では防犯意識の高まりから、知らない人に積極的に挨拶をしないことがむしろマナーとされる場合すらあります。

こうした背景を持つ子どもが、社会に出て「挨拶しない」と見なされるのは当然であり、その人の人格や育ちを単純に判断するのは早計です。ポーランドの教育研究でも、「教育環境はその地域の文化的価値観によって構成されており、社会的行動の指針は一様ではない」ことが指摘されています（Winogrodzki, 2015, https://www.jomswsge.com/pdf-80602-16474）。

4-2. 同調圧力と「空気を読む」文化：日本社会特有の事情

日本では、「挨拶をしない」ことが明確な反抗や拒絶のサインとして受け取られやすく、結果として他者との摩擦を生むことがあります。この背景には、日本社会に根づく“空気を読む文化”と同調圧力の強さがあります。

日本の文化では、個人が周囲と足並みをそろえることが美徳とされており、「みんながやっているから自分もやる」「挨拶しないと悪目立ちする」という心理が行動に影響を及ぼします。そのため、地域や家庭によっては、子どもが自然と挨拶をするようになるのではなく、「挨拶しないと叱られるからする」という条件反射的な学習を強いられることもあります。

一方で、家庭内でそのような文化が共有されていない場合や、学校や地域社会がバラバラな価値観で構成されている場合、「挨拶＝自発的にするもの」という前提が崩れ、行動に迷いが生じるのです。このような曖昧さは、対人行動の不安を高め、結果として「無言」を選ぶ子どもや大人を生み出す要因にもなっています。

4-3. 「あえて挨拶しない」人の内面にある合理性

挨拶をしない人の中には、意図的に「しない」ことを選んでいる人も存在します。これは、単なる怠慢ではなく、自分なりの合理性や信念に基づいた選択である場合があります。

たとえば、「毎回挨拶することに意味を感じない」「相手の反応が薄く虚無感を覚える」「人間関係を深めたくない」という理由から、あえて挨拶をしないというスタンスを取っている人もいます。これは、特に職場やマンションのように日常的に顔を合わせるが親密ではない関係性の中で顕著に見られます。

スウェーデンのBygren & Szulkin（2010）の研究でも、文化的・民族的に閉鎖的な環境で育った人々が、「不要な接触を避ける」という選択をする傾向にあることが明らかにされています。これは、対人関係の中にリスクやストレスを感じるため、あえて無関心を装うという「心理的セルフディフェンス」の一種と考えられます（Bygren & Szulkin, 2010, https://www.jstor.org/stable/40645892）。

また、こうした態度は、自閉スペクトラム症やHSP（Highly Sensitive Person）のような感覚的・心理的な過敏さを抱える人々にも見られる傾向があります。他者と距離を置くことが、自身の心理的安定を保つための戦略であるという視点を忘れてはなりません。

ポイント

1. 「挨拶しない」行動は、地域・家庭・文化による価値観の違いから生じることがある。
2. 日本社会の同調圧力や空気を読む文化が、挨拶行動に過剰な意味づけをしている可能性がある。
3. 挨拶を“しない”のではなく、“あえてしない”という合理的選択も存在する。
4. 文化的背景や心理的特性によって、挨拶を避けることが自衛的行動となっている人もいる。
5. 相手の行動を一面的に判断せず、その背後にある社会文化的要因を理解する姿勢が求められる。

5. コミュニケーション能力と教育環境の相関性

挨拶をはじめとする基本的な対人行動は、生まれながら備わっているものではありません。それは、適切な教育環境と家庭の中で繰り返し学習され、強化されていくものです。特に、家庭教育のあり方や幼少期の感情経験は、社会性の発達に大きな影響を及ぼします。本章では、挨拶行動と教育環境との密接な関係を、最新研究と心理学的視点から明らかにしていきます。

5-1. 家庭教育の欠如と社会性の発達遅れの関係

子どもが社会的行動を習得する場は、まず家庭にあります。親が日常的に「おはよう」「ありがとう」などの挨拶を交わし、子どもにも促すことで、言葉と感情の連動を学ぶのです。これは、模倣学習によって行動が内面化される典型的なプロセスです。

一方で、家庭教育が機能していない、あるいはそもそも対話のない家庭で育った子どもは、挨拶を「する意味」や「どう使えばよいか」がわからないまま成長します。その結果、学校に入ってからも対人関係がうまく築けず、「挨拶をしない」「話しかけられない」といった行動が定着してしまうことがあります。

Karacić（2022）は、教育環境と家族教育の乖離が、若者の社会化とコミュニケーション能力の欠如を引き起こしていることを指摘しています。調査によれば、多くの子どもが家庭内での十分な支援を受けられず、その影響が学校生活だけでなく、将来の職業能力にも波及しているというのです（Karacić, 2022, https://doi.org/10.4018/978-1-7998-8509-2.CH008）。

5-2. 挨拶を学ぶ前提となる感情的な学習とは

挨拶を行うには、単に言葉を知っていればよいわけではありません。必要なのは、感情のコントロールと相手の反応を想像する力です。つまり、「言うべき時に、どう言えば相手に伝わるか」という文脈理解と感情の調整が必要なのです。

この力は、「情動的な学習」とも呼ばれ、幼少期の対人関係や教育環境の中で育まれます。たとえば、親が「ありがとうって言ったらお母さん嬉しいよ」と言うような声かけをすると、子どもは言葉と感情のつながりを認識し、社会的行動に伴う感情の動きを学びます。

スペインの研究では、創造性の発達に寄与する教育環境には、情動的な支援や相互理解の場が含まれていたことが明らかになっています。これにより、子どもは自分の感情を安全に表現し、他者との関わりをポジティブに捉えるようになるとされています（Serrano-Martínez, 2016, https://hipatiapress.com/hpjournals/index.php/rise/article/download/1896/1550）。

5-3. 幼少期の孤立経験が社会的スキルに及ぼす影響

人間の社会性は、孤立や排除といった否定的な経験によっても大きく左右されます。とくに、幼少期に友達ができなかった、いじめにあった、家庭が機能していなかったといった状況は、「他者に関わること」そのものを危険な行為として認識させてしまう可能性があります。

SwedenのBygren & Szulkin（2010）の調査では、エスニック・クラスター（同じ民族が集中している地域）に暮らす子どもたちの教育成果が、地域内の社会的成功度に大きく左右されることが報告されています。つまり、孤立した環境では模範となる社会的行動が存在せず、結果的に学ぶ機会が奪われるということです（Bygren & Szulkin, 2010, https://www.jstor.org/stable/40645892）。

また、養子縁組者と非養子縁組者を比較したUK Biobankの研究でも、遺伝的に不利な状況にあっても、養育環境が支援的であれば社会的・学業的成果は向上するという結果が得られています（Cheesman et al., 2020, https://journals.sagepub.com/doi/pdf/10.1177/0956797620904450）。これは、孤立を防ぐ環境の力が、性格や対人スキルの発達にどれほど重要かを裏付けるものです。

ポイント

1. 家庭での挨拶のやり取りは、子どもが社会的行動を学ぶ最初の場である。
2. 教育環境の中で感情を肯定される経験が、社会的行動の内在化につながる。
3. 家庭教育や学校教育の欠如は、社会性の発達を大きく阻害する。
4. 孤立や否定的経験は、他者との関わりを「危険」として捉える心理傾向を生む。
5. 支援的な環境は、たとえ不利な条件にある子どもであっても社会性を育む基盤になる。

6. 遺伝と環境の相互作用：科学的視点から見る社会性の成り立ち

人は「生まれ」と「育ち」の両面によって形づくられます。社会性やコミュニケーション能力といった行動傾向も例外ではありません。本章では、近年注目されている遺伝と環境の相互作用（Gene-Environment Interaction）を基に、挨拶をしない人の背景にある科学的構造を明らかにします。

6-1. ポリジーンスコアと養育環境の影響：UK Biobank研究

まず注目すべきは、2020年に発表されたCheesmanらによるUK Biobankの大規模研究です。この研究では、個人の教育達成度に関連する「ポリジーンスコア（polygenic scores）」と、育った環境との関係性を明らかにしました（Cheesman et al., 2020, https://journals.sagepub.com/doi/pdf/10.1177/0956797620904450）。

ポリジーンスコアとは、複数の遺伝子の影響を数値化したもので、学歴や知的能力、性格傾向などとの関連性を測るために使われます。研究によれば、非養子縁組者（生物学的親と暮らす子ども）では、ポリジーンスコアが教育成果を予測する力が高かった一方で、養子縁組者（遺伝的つながりのない親に育てられた子ども）では予測力が半分程度にまで低下していました。

これは、同じ遺伝的素因を持つ人であっても、育てられた環境によって実際の行動や成果が大きく左右されることを意味します。言い換えれば、「遺伝的に社会性が低い傾向にある人」でも、支援的で刺激に富んだ環境で育てば、挨拶を含む対人スキルを十分に伸ばすことができるということです。

6-2. 養子縁組の比較研究から見える「支援的環境」の力

このUK Biobank研究で特に示唆的なのは、ポリジーンスコアが最も低い群（＝教育に不利な遺伝的要因を持つ群）において、養子に出された子どもの方がむしろ高い教育成果を示したという結果です。これは、「不利な遺伝」を持っていたとしても、支援的な養育環境があれば行動的・社会的な成功を実現できることを示しています。

挨拶行動もまた、こうした文脈の中で再評価されるべきでしょう。たとえば、家庭内で積極的にコミュニケーションが取られ、子どもに安心感が与えられる家庭では、たとえ生まれつき引っ込み思案であっても、他者との接触に肯定的な価値を見出すようになる可能性が高まります。

これは、社会性において“遺伝の限界”を乗り越えるカギが、「環境の質」にあることを端的に物語っています。

6-3. 環境が遺伝的傾向に打ち勝つケースとは？

「遺伝か環境か」という問いは、現代科学ではすでに“問いそのものが不正確”であるとされています。重要なのは、遺伝と環境がどのように相互に作用し合って性格や行動が形づくられるのかという視点です。

Cheesmanらの研究が示した通り、遺伝が影響するのはあくまで「傾向」であり、それが現実の行動として表れるかどうかは環境が決定的な役割を担うのです。つまり、仮に「挨拶が苦手」「対人関係が億劫」という傾向を生まれながらに持っていたとしても、肯定的な関係性や模範的な振る舞いが日常的に存在する環境では、それを上書きし、新しい行動様式を学習することが可能なのです。

このように、挨拶行動の形成においては、「遺伝がすべてではない」「環境が努力を実らせる土台となる」ことが科学的にも裏付けられています。

ポイント

1. ポリジーンスコアは教育成果や社会性に影響を与えるが、環境によってその影響は変化する。
2. 養子縁組研究では、不利な遺伝的条件でも支援的な環境によって成果が向上した事例がある。
3. 挨拶などの社会行動も、遺伝的傾向に依存するものではなく「育つ環境」によって変化する。
4. 遺伝と環境は対立概念ではなく、相互に補完し合う関係にある。
5. どんな傾向を持って生まれても、支援的で安心できる環境があれば、人は他者とつながる力を身につけられる。

7. 「育ちが良い人」の行動パターンに学ぶ

「挨拶ができる人＝育ちが良い人」という評価は、社会の中で広く共有されている価値観のひとつです。しかし、本当に「育ちが良い」とは、単に形式的なマナーをこなすことなのでしょうか？　本章では、育ちの良さが表れる具体的な行動パターンに注目し、その背景にある教育環境や家庭文化について掘り下げます。さらに、それがどのように他者との自然な関わりにつながっていくのかを考察します。

7-1. 育ちが良い人の特徴に見る共通項

「育ちの良さ」とは、経済的豊かさや学歴の高さではなく、他者への配慮や行動の一貫性、自己制御力の高さといった「人間的な成熟度」に関わる要素です。たとえば、以下のような特徴が多くの人に「育ちが良い」と印象づけられる要素として挙げられます。

• 目が合ったら自然に微笑む
• 挨拶やお礼を丁寧に言う
• 相手の話を途中で遮らずに聞く
• 公共の場でのマナーを心得ている
• 感情的にならず冷静に対応する

これらはすべて、「他者との関係性を意識して行動する」能力があってこそ成立するものであり、幼少期の教育環境や家庭の関わり方が大きく影響します。

スペインの研究でも、創造的思考を育む教育環境には、こうした相手を尊重する姿勢や社会性を高める関係性が常に存在していたことが確認されています（Serrano-Martínez, 2016, https://hipatiapress.com/hpjournals/index.php/rise/article/download/1896/1550）。

7-2. 見返りを求めない行動が習慣化するプロセス

育ちが良い人の行動には、「他人のためにやる」というよりも、「自分にとって自然なふるまい」として習慣化されているものが多くあります。たとえば、挨拶やドアを押さえるといった行動をしても、相手から感謝されることを前提にしていないのが特徴です。

このような「見返りを求めない行動」は、子ども時代に家庭や学校で受けた無意識的な強化によって形づくられます。親が感謝されることを前提とせず行動している姿を見て育った子どもは、「そうするのが自然」という認識を持つようになるのです。

ポーランドの教育文化においても、家庭が「行動の倫理性」を繰り返し示すことで、子どもの社会的行動が内面化されるプロセスが観察されています（Winogrodzki, 2015, https://www.jomswsge.com/pdf-80602-16474）。

このように、見返りを求めず行動することは、本人の性格だけでなく、どんな家庭文化の中で育ったかが大きく関係しているのです。

7-3. 他者との関わりを自然に行える教育環境とは

育ちが良い人が持つ「自然な対人スキル」は、決して偶然身につくものではありません。それは、社会的接触の機会が多く、相手との対話が奨励される教育環境によって育まれます。

たとえば、イギリスのUK Biobankを用いた研究では、養子に出された子どもが遺伝的に不利であっても、教育的・情緒的に支援的な環境に身を置いた場合、社会性と学業成績の双方が向上することが明らかになっています（Cheesman et al., 2020, https://journals.sagepub.com/doi/pdf/10.1177/0956797620904450）。

つまり、育ちの良さとは遺伝や家庭の経済力によって決まるのではなく、「関わりの中で育まれる」ものであり、誰でも環境次第で身につけられる可能性があるのです。

ポイント

1. 育ちの良さとは、他者への配慮や安定した行動様式といった「社会的成熟度」に表れる。
2. 挨拶を自然にできる人は、家庭や教育現場での無意識的な学習と強化によって行動が習慣化されている。
3. 見返りを求めない行動は、倫理的な模範を見て育つことによって形成される。
4. 支援的な教育環境は、たとえ遺伝的に不利な条件にあっても社会性を伸ばす効果がある。
5. 育ちの良さは生得的ではなく、環境に育てられるものであり、再学習も可能である。

8. 挨拶しない人との向き合い方：非対立的アプローチ

挨拶をしない人に出会ったとき、私たちはつい「失礼だ」「感じが悪い」と感情的に反応してしまいがちです。しかし、これまで述べてきたように、挨拶をしない背景には、文化的・心理的・発達的な要因が複雑に絡んでいます。本章では、そうした人とどう向き合い、健全な関係を築くためにどのようなスタンスが望ましいか、非対立的・理解的な視点から考察していきます。

8-1. 相手を責めずに関係を築くには

「なぜ挨拶しないの？」と直接的に問い詰めることは、相手にとっては責めや批判として受け止められる可能性が高く、関係をこじらせてしまいます。重要なのは、行動そのものに反応するのではなく、その背後にある“理由”に思いを巡らせることです。

たとえば、相手が忙しそうで返事がなかったのかもしれませんし、単に気づかなかっただけの可能性もあります。あるいは、内心では返したいと思っていても、タイミングを逃したり、返し方に自信がなかったりするケースも考えられます。

Karacić（2022）の研究では、家庭教育や社会的支援が乏しい環境で育った子どもたちは、社会的行動のルールやニュアンスを理解する機会が少なく、無意識のうちに誤解を生む行動をとってしまうことがあると指摘しています（Karacić, 2022, https://doi.org/10.4018/978-1-7998-8509-2.CH008）。

つまり、「挨拶しない＝悪意」と単純に解釈せず、背景や状況を受け止める柔軟さが、円滑な人間関係の第一歩となるのです。

8-2. 感情的リアクションの前にすべき理解と思考

私たちは、相手の行動を瞬時に「善悪」や「礼儀・無礼」といった評価で分類してしまいがちです。これは、「自分が大事にしている価値観」が守られなかったときに起きる自然な防衛反応です。しかし、その価値観が全員に共有されているわけではないという前提に立つことで、感情的リアクションを抑えることができます。

この視点は、「認知的再構成（Cognitive Reframing）」とも呼ばれ、心理療法や教育の分野でも重視されています。たとえば、「無視された」と思うのではなく、「この人は人との関わり方に不安があるのかもしれない」と考えるだけで、心の反応は大きく変わるのです。

また、Bygren & Szulkin（2010）の研究では、社会的に孤立した環境で育つと、他者とのやりとりを負担に感じ、意図せず“排他的”な行動をとるようになる傾向があると報告されています（Bygren & Szulkin, 2010, https://www.jstor.org/stable/40645892）。

これは「失礼な人」ではなく、「環境がそうさせた人」である可能性を示しており、感情的に対処するのではなく、相手の行動を“文脈”の中で捉える必要性を物語っています。

8-3. 子ども・部下・パートナーに対しての関わり方のコツ

挨拶をしない相手が、身近な人――たとえば自分の子ども、職場の部下、パートナーなど――である場合、無視することも、すぐに正すことも建設的ではありません。重要なのは、関係性を壊さずに「関わり直す」工夫です。

子どもに対して

命令口調で「挨拶しなさい！」と叱るよりも、「挨拶されると嬉しいね」「ありがとうって言われたら気持ちがいいね」といった感情と言葉をつなぐ声かけが効果的です。これは、情動学習の基本原理であり、Serrano-Martínez（2016）が指摘するように、創造性と社会性を育てる教育環境の共通項でもあります（Serrano-Martínez, 2016, https://hipatiapress.com/hpjournals/index.php/rise/article/download/1896/1550）。

部下に対して

業務を通じた信頼関係の中で、「○○さんの声かけでチームが和やかになりますね」など、挨拶の価値を具体的に伝えることが有効です。直接的な指導ではなく、影響力のある行動として肯定することで、自然な実践につながります。

パートナーに対して

長年一緒にいる間に、形式的な挨拶がなくなっていくのは珍しくありません。しかし、そこに寂しさを感じた場合は、「最近ちょっと寂しいな」と自分の気持ちとして伝えることが重要です。相手を責めるのではなく、自分の感情を丁寧に表現することで、対話の糸口が生まれます。

ポイント

1. 挨拶しない人に対しては、「行動の理由」に着目することで非対立的な理解が進む。
2. 相手の価値観や育ちの背景を尊重する視点が、誤解や摩擦を減らす鍵となる。
3. 感情的リアクションの前に、「なぜその行動になったのか」を考える癖をつける。
4. 身近な人へのアプローチでは、“指摘”よりも“共感”と“感情の共有”が有効。
5. 挨拶とは、行動の表層だけを見て判断せず、その人の環境や心の状態を映す鏡として捉えることが大切である。

9. 大人になってから社会性を育む方法

「もう大人だから」「今さら人付き合いは変えられない」と思い込んでいませんか？ 実は、社会性や挨拶といった基本的な対人スキルは、年齢を問わず育て直すことが可能です。脳の可塑性や感情知能（EQ）の研究により、人間は新しい刺激と学習によって対人関係のスタイルを改善できることが明らかになっています。本章では、大人が社会性を再構築していくための実践的なアプローチを紹介します。

9-1. 感情知能（EQ）のトレーニングと習得

社会性の土台となるのが「感情知能（Emotional Intelligence：EQ）」です。EQは、自分の感情を認識・調整し、他者の感情に共感しながら適切に対応する力を指します。これは生まれつきの能力ではなく、後天的にトレーニングすることで高められます。

たとえば、以下のような習慣を日常に取り入れることでEQを高めることが可能です。

• 毎日、自分の感情を3つ言語化する（日記・メモなど）
• 相手の表情や声のトーンから気持ちを読み取る練習をする
• 否定的な感情が生まれたとき、「なぜそう感じたか？」と内省する

UK Biobank研究でも、養育環境が支援的であれば、大人になってからでも教育的・社会的成果が向上することが報告されています（Cheesman et al., 2020, https://journals.sagepub.com/doi/pdf/10.1177/0956797620904450）。つまり、自分を客観視するトレーニングを行うことで、対人関係に前向きな変化をもたらすことができるのです。

9-2. 生涯学習としての“人間関係スキル”の重要性

文部科学省も近年「ソーシャルスキルトレーニング（SST）」や「コミュニケーション教育」を重視しており、社会性は学び続ける力の一部として明確に位置づけられています。これは、社会に出てからも「学び直し」が必要とされる技能だという認識が広がっている証拠です。

Karacić（2022）は、社会化がうまくいかない原因のひとつに「家庭教育の不在と支援不足」を挙げていますが、その一方で、教育機関や職場が社会性を取り戻す場になり得ることも示唆しています（Karacić, 2022, https://doi.org/10.4018/978-1-7998-8509-2.CH008）。

つまり、社会人になってからも学ぶ意思さえあれば、挨拶・共感・礼儀・会話力などを「再教育」することは十分可能なのです。実際、ビジネスマナー研修やコーチングの分野でも、社会性を再学習するプログラムが年々増加しています。

9-3. 社会性を再構築するための3つの実践アプローチ

最後に、社会性を再構築していくための実践的なステップを3つ紹介します。

①「小さな成功体験」を重ねる

最初から完璧な挨拶や人付き合いを目指すのではなく、「目を合わせる」「会釈する」「名前を呼ぶ」など、小さな社会的行動を一歩ずつ積み上げていくことが大切です。これは自己効力感（self-efficacy）を高める心理的効果もあります。

②「フィードバックをもらう習慣」を作る

周囲に信頼できる人がいれば、「今日の挨拶、違和感なかった？」といった軽い問いかけから、自分の振る舞いについて客観的な意見を受け取る機会を作りましょう。他者視点を取り入れることで、自己認識の精度が高まります。

③「環境を変える勇気」を持つ

もし現在の職場や家庭があまりにも閉鎖的で社会性を高めにくいと感じたら、環境そのものを見直すことも必要な選択肢です。Bygren & Szulkin（2010）は、教育的にポジティブな環境が子どもの将来の社会性を左右することを報告していますが、それは大人にも当てはまる原則です（Bygren & Szulkin, 2010, https://www.jstor.org/stable/40645892）。

ポイント

1. EQ（感情知能）は、大人でもトレーニングによって伸ばせる能力である。
2. 社会性は生涯学習の一部であり、再教育や習得が十分に可能。
3. 小さな行動の積み重ねが自己効力感を高め、行動の変化につながる。
4. 自分の行動について他者からフィードバックをもらうことで、認知のズレを修正できる。
5. 社会性は“才能”ではなく、“学びと環境の産物”。年齢を理由に諦める必要はない。

10. Q&A：よくある質問

本章では、「挨拶をしない人」に関する読者の素朴な疑問に対して、科学的・心理学的視点を踏まえてわかりやすく回答します。挨拶にまつわる誤解や悩みを、研究知見と共にひもときます。

10-1. 挨拶をしない人って本当に育ちが悪いの？

答え：一概にそうとは言えません。多くの場合、「育ちの悪さ」ではなく、家庭環境や文化、性格特性の影響です。

たとえば、教育と家庭環境が子どもの社会性に影響を及ぼすことは、複数の研究で裏付けられています。Karacić（2022）は、不十分な家庭教育や親への教育支援の不足が子どもの社会化に悪影響を及ぼすと報告しています（Karacić, 2022, https://doi.org/10.4018/978-1-7998-8509-2.CH008）。

つまり、「挨拶をしない＝育ちが悪い」と断定するのではなく、その背後にある背景を丁寧に理解することが大切です。

10-2. 子どもが挨拶しない場合、どうすればいい？

答え：叱るより「お手本」と「感情的な結びつき」を大切にしましょう。

教育環境において、批判的・創造的思考や社会性の発達は、大人の関わり方に左右されます（Serrano-Martínez, 2016, https://hipatiapress.com/hpjournals/index.php/rise/article/download/1896/1550）。特に幼少期には、親や教師の言動がモデルになります。

日々のやりとりの中で「おはよう」「ありがとう」といった言葉を、自然体で使うことが最大の教育となります。また、無理に強制せず、子ども自身が「言ってみようかな」と思えるタイミングを待つことも重要です。

10-3. 職場での「無視」にどう対応すべき？

答え：「相手の行動」にとらわれすぎず、「自分の軸」で行動することが大切です。

同調圧力が強く「空気を読む文化」のある職場では、挨拶をしない同僚にストレスを感じることもあります。しかし、相手の態度の背景には、性格の傾向（内向型）や育ってきた環境要因があるかもしれません。

感情的に反応するのではなく、「自分はきちんと挨拶する人でいる」という一貫した態度を貫くことが、長期的には信頼関係を築く礎となります（Cheesman et al., 2020, https://journals.sagepub.com/doi/pdf/10.1177/0956797620904450）。

10-4. 育ちの良さって何で判断される？

答え：単なるマナーではなく、「他者を思いやる姿勢」や「状況に応じたふるまい」がポイントです。

育ちが良い人は、挨拶だけでなく、相手の立場に配慮し、場に応じた行動をとることができるという特徴があります。これは、一朝一夕で身につくものではなく、家庭や教育機関での継続的な関わりや体験の蓄積によって形成されます（Serrano-Martínez, 2016）。

10-5. 社会性は大人になってからでも伸ばせるの？

答え：はい、伸ばせます。社会性は「学び直し」ができるスキルです。

感情知能（EQ）の研究では、社会性はトレーニングによって向上可能であることが明らかになっています（Cheesman et al., 2020）。小さな行動の改善から始めて、継続的な学びと環境の調整により、対人関係の能力は大きく変化します。

10-6. 地域や国によって挨拶の文化は違うの？

答え：大きく異なります。文化的背景により、挨拶の頻度・形式・意味合いは多様です。

たとえば、スウェーデンでは「静かな個人主義」が尊重されるため、初対面でも挨拶を省略するのが自然な場面もあります（Bygren & Szulkin, 2010, https://www.jstor.org/stable/40645892）。一方、日本では「和」を尊ぶ文化から、挨拶は社会的つながりの確認手段として重視されます。

このように、相手の行動を理解するには、文化・価値観の違いも考慮すべき視点なのです。

ポイント

• 挨拶をしない背景には、「性格」「環境」「文化」が複雑に絡み合っている。
• 育ちの良し悪しは、行動だけで判断すべきではない。
• 子どもや大人でも、社会性は「育て直し」が可能。
• 多文化的視点を持つことで、他者をより深く理解できるようになる。

11. まとめ：挨拶しない人を通じて「育ち」を考える

挨拶をしない人の行動に目を向けることは、ただその行動を批判することではなく、その背後にある深い心理的・文化的要因を理解するための第一歩です。挨拶一つを取っても、それは単なる形式的なマナーにとどまらず、育ちや環境、さらには個人の性格や育成背景を反映する重要な行動の一端であることがわかります。

本記事で紹介したように、挨拶をしない理由は多岐にわたります。家庭環境、教育環境、社会的・文化的背景、さらには個人の内面的な要因が、行動に大きな影響を与えるからです。つまり、挨拶をしないことが直ちに「育ちが悪い」とは限らず、むしろその背後に潜む多様な背景に注目することが、相手を理解する鍵となります。

挨拶をしない人に対して私たちができること

1. 相手の背景を理解すること
   挨拶しない相手に対して感情的に反応するのではなく、その行動の背後にある理由や環境を理解しようとすることが重要です。家庭や育成環境、文化的背景、性格によっては、挨拶をすることが自然でない場合もあることを知ることが理解を深めます。
2. 非対立的なアプローチ
   相手を責めたり、批判したりするのではなく、相手の行動に対して柔軟に対応することが、円滑な人間関係の構築につながります。特に身近な人々との関係では、感情的に反応する前に理解と思いやりの気持ちを持つことが大切です。
3. 自分の行動を見直し、改善する
   自分自身が社会的スキルを高めるためにできることはたくさんあります。感情知能（EQ）のトレーニングや、日々の小さな行動を改善することは、自分の社会性を育むための一歩です。挨拶をしない人と接する際、自分自身の行動や態度が、その関係に良い影響を与えるかもしれません。
4. 挨拶を通じて社会性を再学習する
   挨拶は社会性を育むための重要なツールです。挨拶一つにしても、その行動がどれほど周囲の人々に影響を与えるかを知り、積極的にコミュニケーションを取ることが、より良い社会的関係を作り出します。

最後に

挨拶をしない人を通じて私たちは、人間関係や社会的行動の背後にある深い理解を得ることができます。その人の育ちや環境、性格、文化的背景を理解し、柔軟で共感的なアプローチを取ることで、より豊かな人間関係を築くことができるでしょう。挨拶という一見小さな行動にも、実は大きな社会的意味が隠されていることを忘れずに、日々の行動に活かしていきましょう。